月夜2
ハインツの部屋でそんな会話が行われていたとは知るはずもないカナメは、出来たばかりの赤い矢を満足そうに見ると部屋の隅へと置く。
そこにはすでに結構な数の同じ矢が置かれており、どの矢からも尋常ではない魔力が感じられた。
これ一つでも「正体不明の魔法の品」として結構な値段で取引されるかもしれないし、ドラゴンの鱗で出来た矢だと知れれば単純に芸術品……あるいは奥の手として欲しがる者もいるかもしれない。
「……ふう」
カナメは肩をコキコキと鳴らすと、次の鱗を何枚か手に取る。
一回で複数枚の鱗を使う必要があるのだが、それ以上に必要なのが魔力だ。
カナメ基準で結構な量の魔力を使用するこの矢はカナメにとっても作るのは相当な疲労となるが、作れば作るほど魔力の扱いに慣れていく感覚もあった。
だからこそどんどん作っていきたいのだが……そこで、カナメはテーブルの上に置かれた瓶に視線を向ける。
青い液体の入った大瓶はハインツから魔力薬だと言われ渡されたものだが、どのタイミングでどの程度飲めばいいのかがイマイチ分からない。
一般的な感覚でいえば極小の小瓶に入った一滴で極度の消耗状態から動ける程度、一口程度の小瓶で大幅回復……といったところなのだが、魔力量や体質で個人差が大きい為、これという基準はないのだ。
特にカナメの場合は本人にもイマイチ自覚がないが、実はありえないほどの魔力を有している。
だからハインツの用意した大瓶は最適なチョイスであるわけなのだが……この大瓶一本を買う金があれば、ミーズの町を丸ごと買うくらいなら簡単だったりする。
まあ、そんなことを言えば遠慮して中々飲めないだろうと判断したハインツはその辺りを説明はしていない。
……が、カナメは目敏いのか何なのか「なんか高そう」ということを感覚で察知していたが故にどうにも手が出せない。
なにしろ、ビンからしていかにも「私は高いです」と主張していそうな綺麗なビンなのだ。
最初はガラスかと思ったのだが、触ってみても指紋が全くつかない上にビン自体に魔法がかかっているようで魔力が感じられた。
更にはビンの口を塞ぐのはコルクではなくビンと同じ材質であるように見える透明な蓋。
どうやらこちらにも何かの魔法がかかっているようで、その隣に置かれたクリスタルグラスが安物に見えてしまうほどだ。
まあ、実際値段は天と地程……という表現が生易しいほどに違うのでその通りなのだが、とにかく手を出しづらく「もう少し頑張ってみてから……」という感覚にカナメがなってしまうのは仕方のないことだとも言えるだろう。
「まあ、そろそろ飲んでみたほうがいいの……かな?」
丁度喉も乾いてきたしなー、などと誰に言っているのかも分からない言い訳をしながらカナメはビンに手を伸ばそうとして……そこで、部屋の扉を叩くコンコンという遠慮がちな音に気付きビクンと身体を浮き上がらせる。
別に何も悪いことなどしていないのだが、全てはカナメが色々と小市民的なせいである。
「ど、どどど……どうぞぉ?」
不審者寸前な声をカナメがあげると、遠慮がちにドアが開き……困惑した顔のエリーゼが顔を出す。
エリーゼはそのまま部屋の中をゆっくりと見回し……部屋に入ると周囲を確かめ、カナメの近くに座り込んでベッドの下まで覗いてからようやくホッとしたような顔をする。
だがカナメとしては、突然のエリーゼの行動に逆に困惑してしまう。
「え、何? どうしたんだ?」
「へ? いえ、その……なんでもありませんわ?」
なんでもないはずがない。カナメの声が妙に慌てていたので、またイリスがいるのではないかと警戒してしまったのだ。
しかしこうして見れば誰もいないし、気の回しすぎだったかとエリーゼは安心すると同時に「失敗した」と後悔する。
初手から「変な女」と思われては、どうしようもない。
だから……少々誠実ではないが、誤魔化す手段に出る。
「えっと……実はドア越しのカナメ様の声が妙に緊張しておられたもので……何かありましたかな、と思ってしまいまして。心配しすぎでしたわ」
「あー……はは、それかあ。あー、うん」
カナメは苦笑しながら机の上のビンに視線を送り……エリーゼもその視線を追って、ようやくビンの正体に気付く。
「あら、ハインツが持ってきたんですのね」
「ああ、うん。でもなんか高そうだし、どう飲んだら一番いいのかも分からなくてさ」
「うーん……」
カナメの魔力量がどの程度かはエリーゼにも分からない。
体格を見てその人の体力が分かるわけではないように、魔力も見て分かるわけではない。
クラートテルランがカナメ達に目を付けたのもエリーゼがカナメを見失わずに追えたのも、カナメの魔力が不安定になり相当な量の魔力が撒き散らされたからである。
まあ、そこから判断すればカナメの持つ魔力量は常人とはかけ離れたものであることは充分に予想できる。
「そうですわね。まずは嘗めてみて……少しずつ量を増やして確かめるのがいいと思いますわ」
「そっか。そうして……あー、そうしてみるよ」
エリーゼに笑顔を向けたカナメは途中で気まずそうに顔をそらし……エリーゼは不思議そうにカナメの顔を見上げる。
「どうされましたの?」
「いや、いいんだけどさ。なんかこう、女の子を見下ろすのも女の子に見上げられるのもなんかこう……無意味に悪い事してる気分になる」
「まあ、床に座るのは確かにお行儀の良いこととは言えませんけど」
言いながら、エリーゼはベッドの上……カナメの横にぽふっと小さな音を立てて座る。
「でも、そうすることでカナメ様の心を動かせるなら……私は、そんな「悪い事」でもしてみたいですわ」
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