月夜

 ホウホウと、鳥が鳴く。

 何処にいるか分からぬ姿すらも知らぬ鳥でも、その声を聞けば「ああ、夜なんだ」と思ってしまう鳴き声。

 それは人の持つ「夜」のイメージに合致するからであり、あるいは「夜」のイメージを強化するものだからである。

 このイメージというものは魔法にも重要で、人は自らの描くイメージを形にするべく魔法を構成する。

 故に、魔法とは世界に自分のイメージを具現化する方法だとも言われている。

 だからこそ遥か昔には自分の視界を塞ぐことが魔法の修行になると信じられたし、世俗に染まれば「イメージを描く」力が失われると恐れられた。

 だがある程度の魔法はすでに研究され体系化され、店で実行手順を学ぶようなものになった。

 神秘はその座から引きずり降ろされて技術と化し、現実主義者の魔法士こそが効率的とも言われるようになった。

 そして実際、それは騎士団のような統率された集団での運用などで成果をあげているのだ。


「実際に騎士団が現場で魔法を使うのを見て、それは実感しましたわ。統一された詠唱形式と動き。似たような威力と似たような攻撃規模。専門の魔法士と比べれば児戯ですけど、「魔法が使える」というだけで戦い方に幅が出る。あちこちで導入したがるのも理解できますわ」

「そうですね。ただ、その「統一方式」に関わる事で利権を得ようとしている者達がいるのも事実ですが」

「ハッ、お笑いですわね。熟練して詠唱が不要になれば、そんなものなど何の意味もなくなるのに」

「ふふ……誰もがお嬢様のように、とはまいりません」


 鳥の鳴き声から魔法の話にまで話を発展されてしまっているこの二人は、エリーゼとハインツ。

 窓を大きく開けたハインツの部屋の椅子に座り髪に櫛を通してもらっている最中なのだが……同時に、二人でしか出来ない報告の最中でもある。


「しかしお嬢様。本当に巻かずともよろしいのですか?」

「必要ありませんわ」


 ハインツが言っているのは、カナメとエリーゼが初めて会った日にしていた縦ロールのことである。

 あれ以降エリーゼの髪はゆるいウェーブになっているが……それはハインツという世話焼き人が居なくなったから、という理由もあった。

 だからこそハインツが合流した今は縦ロールだろうとなんだろうと自由自在ではあるのだが……エリーゼはその気にはなれなかった。


「……たぶんですけれど、カナメ様は今の髪型の方がお好きですもの」

「なるほど」


 顔を赤らめてそう呟くエリーゼにハインツは短くそう答え、エリーゼの髪の手入れを続行する。

 特にそこに意見や感想を言う気はないし、主人の納得できるようにするのが執事の務めだ。

 それが明らかに間違っていれば正解へ誘導するが……今回は、おそらく間違ってはいないだろう。


「そのカナメ様のことですが」

「カナメ様? どうかされましたの?」

「いえ、まだお渡しになっておられないのだな、と思いまして」


 言われて、エリーゼは胸元で光る青い宝石のついたペンダントをハッとした顔で押さえる。


「私がいない間にお嬢様の気持ちもすっかり固まったものと思っておりましたが、何か不安要素でもおありでしたか?」


 ちなみにハインツから言わせれば不安要素というよりも減点要素はカナメをノックアウト出来るほどもある。

 ……が、とりあえずそれは関係ない。黙ってハインツがエリーゼの答えを促すも、エリーゼは胸元のペンダントを指で弄り悩むような表情を見せる。


「……不安、は当然ありますわ。これを渡すということは……全部話すということででしょう?」


 カナメにとってエリーゼは「没落貴族の宝石商な魔法士」だ。そう自己紹介しているし、アリサはともかくカナメは疑っていないだろう。

「実は王族でした」などと自己紹介するのも中々に衝撃が大きいが、問題はそれ以外のことだ。

 それを話した時に、カナメはどういう反応を見せるのか。

 笑って「そうだったのか」で終わるのか。

 困ったように苦笑して、人知れず傷ついてしまうのか。

 それとも。


「……嫌われたく、ないんですもの」


 気がついたら、好きになっていた。

 だからこそ、そこに至るまでの話を知られたくはない。

 想いの純粋さを、疑われたくない。

 だからこそ、言い出せないのだ。


「ですが、いつかは言わねばならないことですよ。特に……今回の件はあまりにも大きい。カナメ様の事をあの方々の目から隠すのも限度があるかと」

「分かってますわ、そんな事。たとえ今回の件に関わらずとも、カナメ様は遠からずその名を世界に響かせる……そうなれば、私が言わずともカナメ様に知られてしまう」


 レクスオールの弓を持つ「無限回廊の先」から来た男。

 そんなものがこの世界で埋もれているのは無理だ。

 そうなれば、いつかカナメはエリーゼの手など届かない場所へ行ってしまうかもしれない。

 そうならずともカナメの元に魅力的な女が現れて、エリーゼの想いが届かなくなってしまうかもしれない。

 全ては仮定だが、ありえるかもしれない未来だ。

 だからこそ、言わなければならない。


「……はい、出来ましたよお嬢様」

「ええ、ありがとうハインツ」


 エリーゼは立ち上がるとドアへ向かい……そこで、一度振り返る。


「……私の素性の事はともかく、本気だということは伝えてきますわ」

「とりあえずは、それでもよろしいかと」


 エリーゼが出ていきドアを閉めたのを確認すると、ハインツは「ふむ」と頷く。


「まあ、カナメ様は結構な奥手のご様子。いきなり全てを話しても受け止めきれるか疑問ではありますし、妥当ですかね」


 そんなカナメが聞いたら抗議しそうな事を呟きながら、ハインツは部屋を片付け始める。


「……とはいえ、どこまで誤魔化しきれるか。あまり時間はありませんよ、お嬢様」

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