状況説明2

「えー、では……再度状況を纏めますわね」

「ああ」


 弓を視界に入れないようにしながら、二人はベッドに座って互いの得た情報を整理しあう。

 まず重要なのは、今回の「決壊」には「ゼルフェクト神殿」なる集団が関わっているらしい事。

 そして今回の事件の首魁と思われるゼルフェクト神殿のメンバーは二人。

 自称上級邪妖精セラト・イヴィルズのアロゼムテトゥラと、クラートテルラン。


「あれ? アロゼムとかってのは灰色の御子グレイチャイルドでクラートなんとかが本物なんじゃなかったっけ?」

「アロゼムテトゥラとクラートテルランですわね。アロゼムテトゥラは間違いなく灰色の御子グレイチャイルドでしょうが、クラートテルランも今のところは「自称」ですわ。だって、誰も本物を知りませんもの」

「え、でもハインツさんが……」

「ハインツは「邪妖精イヴィルズの血は黒」と言ったのですわ。上級邪妖精セラト・イヴィルズの血が黒だなんて言ってません」


 この辺りが面倒な話になるのだが……下級デルム中級ミルズ上級セラトというのはあくまで人類側の勝手な区分である。

 たとえば巨大岩蜥蜴ロックリザードも昔は下級デルムドラゴンと呼ばれており、その後の長年の研究で「違うもの」だと判明したりしている。

 この時は多数の自称ドラゴンバスター達が大慌てになったりしたのだが……それはさておき。


「あれはハインツのハッタリですわよ。断定的な口調で宣言することで「知っている」風を装うのですわ。まあ……ハインツのことですから本当に知っている可能性も否めませんけど」

「ふーん……そんな手法があるのか」

「慣れてない者がやっても失笑されますわ。やろうとしているなら全力で止めますわよ」

「……しないって」


 ちょっと「やろうかな」と思っていた事は秘密だが、目をそらしながらカナメは否定する。


「まあ、とにかく。アイツは俺達を町ごと潰すって言ってたけど……これって「侵攻」のことだよな?」

「そう考える以外にはありませんわね。モンスターをどうやってけし掛けるかという手段にもよりますが……最悪の事態を想定するならば……」

「アイツがモンスターを指揮できる可能性、か?」

「夢に見そうなくらい最悪ですわね。統率されたモンスターの軍団なんて、洒落になりませんわよ」


 決壊が起こっても地方の領主の騎士団で掃討が出来るのは、モンスター達に統率という概念がないからである。

 たとえば邪妖精イヴィルズやヴーンは少数で纏まるが、多数で纏まることはない。

 これはヴーンの場合は家族か兄弟のような習性であり、邪妖精イヴィルズはそれ以上で纏まると意見が割れるからであろうという見解が一応存在はする。

 その真偽はさておき実際に二つの群れが出会うと殺し合いを始める事例も確認されており、それを利用した掃討作戦などが行われた事もある。

 つまりこれは決壊によってモンスターが溢れても所詮烏合の衆であり、統率された騎士団によって確実に撃破していくことが可能である……という事を示しているわけだ。

 同様に「侵攻」であっても、一時的に纏まっているだけの烏合の衆であると考える事が出来た。

 だが「モンスターが統率者によって一つの集団に纏まる」となれば、この前提は崩れ去る。


「人より強力な力を持つモンスターが「戦術」と「団体行動」によって動く。これだけで脅威ですわよ」


 当然単純な誘いにのるとは思えないし、こちらの戦術を読んでくる可能性もある。


「……ていうか、この町の防衛戦力って」

「基本的には自警団と詰所の騎士ですわね。決壊の件を受けて騎士団の増援は来ているとは思いますけど……」


 それでも、宿場町の件を見れば分かるように「モンスター達はバラバラに行動する」事を前提に戦力を分散している状況だ。こればかりは過去の事例を元に組み立てた「実績ある作戦」であるからどうしようもない。

 

「……でも、間違いなくこの町に来る」

「そうですわね。そう宣言していましたわ」

「どうにかならないのかな」

「難しいですわね。失敗できない状況である以上、確実ではない作戦をとる確率は非常に低いですわ」


 これは騎士団の増援を要請しに行ったシュルトでも、この町に駐屯している騎士団に状況を伝えに行ったハインツでも状況は同じだろう。

 たとえ王族の命令をちらつかせたところで、町民の命がかかっている以上は簡単に首を縦に振るわけがない。

 むしろ何も分かっていない王族の横暴と考える可能性が大だ。

 となると、表面上は頷いて実は……という騎士物語のような事を現実でやられてしまう可能性すらある。

 今回それをやられてしまうと拙いのだが……「やらない」とは言い切れない。

 ハインツのことだから上手く状況を転がしてそうならないようにするだろうが、それでも「この町に騎士団を集結させる」のは難しいだろう。


「……となると、可能な手段は」

「あー、ほんとに居た!」

「カナメさん、大丈夫でしたか!?」

「お嬢様、ただいま戻りました」


 こめかみをコツコツと叩いていたエリーゼは一気に戻ってきたアリサ達の騒がしさに気を削がれたように脱力し……カナメも苦笑しながら「お帰り」と答えるのだった。

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