状況説明3

 戻ってきたアリサ達にここまでの事を説明すると、アリサ達はそれぞれの反応を見せた。

 アリサは考え込み、ハインツは何を考えているのかは分からないが柔らかい笑みを浮かべる。

 そして、一番騒がしいのはイリスである。


「なんということでしょう……この町にゼルフェクト神殿の手が伸びていたとは……!」

「いや、でも仕方ないんじゃないか? この町って長らく神殿がなかったような状況なんだし」

「そういう問題ではありません!」


 叫ぶとイリスはツカツカと歩いてきてカナメの両肩を思い切り掴む。

 相変わらず力は強いが、カナメの肩を痛めないような絶妙な力加減であるのは気遣いなのだろうか?


「この町には確かに! そう、確かに神殿はあのレクスオール神殿しかありませんが! 実際には様々な神殿の神官が出入りしているのです! それもこれも、聖国上層部の決定に基づく再布教に伴う選定をですね!」

「あ、うん。その辺はいいから。それにこの町に手が伸びていたとは限らないし」

「そうでもございませんよ」


 イリスをなだめようとしたカナメの言葉に水を差したのは、意外にもハインツである。


「先程アリサ様達を回収する前に騎士団の詰所に行ってまいりましたが、どうにも増援の騎士団との温度差が感じられました」

「温度差……って、やる気のことですか?」

「その通りです、カナメ様。危機感の欠如とでも言えば良いのでしょうか。どんな状況にあっても自分達は生き残れるというような……そんな余裕を感じました。自分達の実力に対する過信やモンスターに対する侮りであっても致命的ではあるのですが」


 そこでハインツは言葉を区切るが、その先の言葉は言うまでもない。

 そう、ひょっとするとこの町の詰所の騎士達は……。


「あっ」

「え? ひっ」


 カナメのあげた声にエリーゼも反応し……カナメの視線の先にあるイリスの顔を見て短い悲鳴をあげる。

 そこにあったイリスの顔は……笑顔。そう、笑顔なのだが……何かを悟りきったような、そんな笑顔で……カナメは思わず自分の肩を掴むイリスの手を下から掴む。


「カナメさん、離してください」

「離したら何するのか教えてくれたら考えます」


 カナメの肩から手をどかそうとするイリスを、カナメは必死で押さえつける。

 今離したら何かとんでもない事になると焦るカナメの必死さは無意識の内に身体を覆う魔力の安定度を高め、更に腕付近の魔力を凝縮させる。

 それは結果として腕の力を強化し……それで何とかイリスと拮抗して「離さない」事に成功する。

 イリスとしてもこれ以上は穏やかに終わらないと察したのだろう、笑顔は崩さないままに少しの無言となり……やがて、一つの言葉を絞り出す。


「神の愛と人の道について説法に行こうかと」

「カナメ様、離してはなりません。レクスオール神殿の神官騎士は別名「神々の野獣兵ゴッドビースト」です。「狂えるゴリラマッドゴリラ」と呼ばれる事もありますが……そんな彼女を野放しにしては、騎士団が今から壊滅しかねません」

「えっ」

「し、失礼な! 誰ですか、そんな事言っているのはっ」


 猛獣と相対した村人のような目で見ているカナメに気付いたイリスは頬を赤く染めて反論するが、アリサもエリーゼもフォロー一つなく顔を逸らす。

 実際、何処の町でも「此処はレクスオール神殿から近いんだがな……」が喧嘩を止める最強の脅し文句の一つになるほどだ。

 物理的に空を飛びたいと常日頃から願っている者が居れば話は別だろうが、ともかくそうした神官達の中でも最強なのが神官騎士と言えば大体の者は納得してしまう。

 それを聞いた子供が「じゃあ、神官騎士様になら神様の処まで飛ばして貰えるね!」と結構笑えない事を言ったという本当か嘘か分からない逸話まであるほどだ。


「ちなみに、それを偶然聞いた神官騎士が「いい子は必要な時が来れば神様から来てくれるから、その必要は無いのさ。すぐに神様の元に行かなきゃいけないのは、説教して貰わないといけない奴だけだよ」と、それっぽい話で纏めたという逸話もございまして」

「もう、やめてください! そんな乱暴じゃありません!」


 脂汗を流し始めたカナメと拮抗しながら、イリスはそう叫ぶ。

 そんなカナメの横顔を眺めていたエリーゼは「相当ヤバい」という顔だし、アリサは「何を今更」という顔だ。


「え、えーと……じゃあ、騎士団には行きませんよね? イリスさんはおしとやかですもんね!?」

「……」


 大分必死になってきたカナメの言葉にイリスはピクリと反応し、手から力をすっと抜く。

 そうなるとイリスの手を抑えようとしていたカナメとしても力加減が上手くいくわけがなく、イリスを思い切り引っ張って後ろへと倒れ込む。

 慌てて手を離そうと、その勢いは当然止まりはしない。


「あっ」

「おや」

「あーらら」


 つまりそれは、ベッドの上のカナメにイリスが圧し掛かったような格好になるわけであって……しかしすぐにどくと思われたイリスは、真面目な顔でカナメをじっと見つめたままだ。

 そしてあまり大きな声では言えないのだが、女性陣の誰よりも豊かな胸を押し付けられた状況となったカナメは、それだけで視線が自然と泳いでしまうし……エリーゼの視線が物凄く痛い。


「え、えーと……なんかすみません」

「もう一回言ってください」

「へ?」

「もう一回言ってください」


 どくどころか、カナメの頬を手で包み込み更に圧し掛かってきたイリスに顔を真っ赤にしつつ、カナメは「え?」と「へ?」を繰り返す。


「ちょ、ちょっと貴方! カナメ様が嫌がってますでしょう!?」

「そうかなあ?」

「貴女もなんでそんな冷静なんですの!」


 イリスをどかそうとしているエリーゼと、面白そうに見ているアリサだが、そんな反応も今のカナメにとっては「それどころではない」の一言である。


「な、なにを?」

「イリスはおしとやかだって言ってください。本気ですよね? 本気で言ったんですよね?」


 ここにきてカナメは自分の失言を理解するが、それを言うのがこの状況をどうにかする唯一の呪文だとも理解する。

 言わなければ、永遠にこれが続いてしまう。

 それは嬉しくないわけではないが、その後の事を同時に考えてしまうカナメとしては……非常によろしくない。


「え、えーと……イリスさんはおしとやかですよね。だから、その。どいてください」

「はい!」


 喜色満面でカナメの上からどいたイリスだが、カナメとしては残念なようなほっとしたような……どちらなのか区別のつかないような状況である。

 純な青少年には非常によろしくない体験であっただけに、顔は火照ったように真っ赤だ。

 しばらくは夢に出てしまいそうな感触をカナメは思い出しそうになって。


「いってえ!」

「さて! では解決しましたし! 話の続きを始めますわよ! 何の話だったかしら!」

「この町の詰所に元から居た騎士達の話です、お嬢様」


 エリーゼに思い切り抓られて、カナメは弾かれたように起き上がったのだった。

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