状況説明
そして戻ってきた銀狐の眉毛亭のアリサ達の部屋には、しっかりと鍵がかかってしまっていて入れなかった。
ガチャガチャと何度かドアを動かした後、エリーゼは「仕方ありませんわね」と言って溜息をつく。
まだ町でカナメ達を探しているのだろうが……まあ、もう少したてば戻ってくるだろう。
「カナメ様の部屋に行きましょうか」
「それしかないか」
隣のカナメの部屋は当然のように鍵が開いたままになっているが……これはカナメが部屋を飛び出したせいだろう。
こうした宿では主人が合鍵を持ってはいるが、基本的には使わない。宿泊客本人に頼まれた時のみ……と法律で規定されており、他の場合は受け付けない。施錠は自己責任なのだ。
とはいえ、此処はレクスオール神殿の関係者が運営している所謂「関係者用の宿」である。
神殿関係者以外の飛び込みは理由をつけて断っているし、神殿関係者は盗みのような行為は働かないという鉄の掟がある。
勿論それでも居ないとは言わないが、確率が他より低いのは確かである。
……まあ、カナメの荷物の中で一見金に換えられそうなのは弓程度しかないわけだが……。
「どうなってるんだろうなあ、部屋の弓……」
「二本に増えてたらどうしましょう」
そんな事を言い合いながら扉を開けると、古ぼけた弓が壁に立てかけてあるのが見えた。
「え!? 盗まれ……」
「いや、違うよ。あれは「元の弓」だ」
「元の……?」
弓がすり替えられたかと驚くエリーゼにカナメはそう説明するが、やはりエリーゼは分からないといった顔をしている。
まあ、当然だろう。こうしてみるとカナメにも何かの冗談のように見える。
「えーと……この部屋に元々あった弓は、元をただせばアリサと一緒にドラゴンと戦った村で拾って……あー……なんだかんだあって、レクスオ……黄金の弓になったんだ」
「今更そこをぼかさないでも構いませんわ。レクスオールの弓じゃないなんて言ったところで信じませんわよ?」
エリーゼの冷たい突っ込みに「だよなあ……」とカナメは呟くと、軽く咳払いをして話を続ける。
「で、今レクスオールの弓は俺が持ってて、元レクスオールの弓だった弓が元の弓に……」
「……説明は果てしなく下手ですけど、理解はできましたわ」
うぐっと地味に傷ついた呟きを漏らすカナメをそのままに、エリーゼは状況を整理する。
つまり「レクスオールの弓」はカナメの元に移動か、それに類似する現象を引き起こす能力を持った弓である……という説明では正しくない。
レクスオールの弓の正体を考察しようとするならば既存の
カナメの
物質に魔力を込めて魔法の品にする手順自体はそれなりに……といっても一応秘密にされているものではあるが、とりあえず普及しているものだ。
だがそれは例えば「魔法の矢」を作ろうと思うのであれば最初に「普通の矢」を用意してからそれなりに時間をかけて魔法を定着させるものであり、それでも「硬い矢」とか「劣化しない矢」とかが精々のものだろう。
つまり、それを何段階も……どころか何万段階も超えるモノの作成を一瞬で実行完了してしまうカナメの
「つまり、カナメ様の「レクスオールの弓」は、カナメ様の持つ魔法であると考える事が出来るわけですが……
「
「ダンジョンで見つかる魔法の品でも最高位に値するものの中に
レクスオールの弓といえば神話の中でも特に有名な武器の一つだ。
戦いの神アルハザールの剣や魔法の神ディオスの杖……そうしたものと並んで人気の「神器」であり、幾千の
……それに、そもそも「
あくまであると仮定した場合だが、それを見つけるか開発しただけで大魔法士と崇められ歴史に語られるような代物なのだ。
あったとして、それでもカナメの弓の事を説明するには問題がある。
カナメの手元に弓が現れたことで宿にあった弓は消えた。この事実は「知覚できる範囲外にあった「魔法」が術者によって制御された」ということになるのだが……これは「人は知覚できる範囲の魔力しか制御できない」という魔法の大前提を崩しかねないわけであり……。
「……魔法研究者が発狂しかねない事を、その弓がやっている……というとご理解頂けますか?」
「あー……まあ、神様の武器だもんな」
「そう考えて放り出した方が色んなものに優しいですわね」
そう言って笑う二人の目の前でカナメの黄金の弓がスルリと解けるように黄金の光になり……壁に立てかけてあった弓を包み込み、部屋を出る前の「黄金の弓」に戻る。
「カナメ様、今何か……」
「俺は何もしてない」
二人は顔を見合わせると、微笑みあって弓についての思考を放棄する。
世の中、考えても仕方のないことはある。
それよりも、もっと現実的な事を考えようと……そんな結論に至ったのである。
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