闇色の森

 森の中に、二つの影がある。

 今となっては人間は誰も来ない森の中はしかし、ざわざわと何者かの声の響く場所となっている。

 それが何者であるかは、その緑色の肌と長い耳、子供のような小さな姿を見れば……人間の分類でいうところの邪妖精イヴィルズであることは明らかだ。

 明確に人間の敵である邪妖精イヴィルズの中にあって危害を加えられないどころか水や果物などを差し出される様子を見れば、二人の男女が普通の人間でないことは明らかだ。

 森の中に座り込んだ二人は服を新しいものに取り換えており、太い木を背にして休んでいた。


「……チッ、あのクソ人間が。言いたい事言いやがって」

「……」


 二人のうちの男の名前は、クラートテルラン。女の名前はアロゼムテトゥラ。

 自称「上級邪妖精セラト・イヴィルズ」であり、ハインツに「灰色の御子グレイチャイルド」と呼ばれた二人である。


「気にするこたねえぞ。あんな連中に俺達の何が分かるってんだ」

「……でも、私は」

「あ?」


 邪妖精イヴィルズが何処からか持ってきた鏡であちこち確認しながらクラートテルランが聞き返すと、アロゼムテトゥラは膝を抱えて小さく何かをボソボソと呟く。

 耳のいいクラートテルランには当然その呟きの内容は聞こえているが、チッと舌打ちして鏡を投げ捨てる。


「まぁた弱気の虫が出たかアロゼムテトゥラ? 辛気臭ェからやめろって言っただろ」

「……だって。アイツの言った通りだもの。だから私は」

「やめろ」


 クラートレルランの短い言葉に、アロゼムテトゥラはビクッと震えて黙り込む。

 怯えるようなその様子にクラートテルランは長い溜息をつくと、リンゴをガブリと齧る。

 咀嚼し、飲み込み……ふうと息を吐くと、クラートテルランは「あー」と言葉を探すように宙を見る。

 その視線の先に何かあるのかと邪妖精イヴィルズ達の何人かが同じ方向を見るが、クラートテルランに睨まれると四方八方へと逃げていく。


「いいか、アロゼムテトゥラ。よぉく聞け。お前はこの俺が選んだんだ。自信を持て」

「でも」

「でも、じゃねえ。俺のする事に間違いなんかねえ。俺は正真正銘、ゼルフェクトの息子達の一人だぞ」


 ゼルフェクトの息子達。

 それはハインツが「ゼルフェクト神殿」と呼んだ組織の使う言葉の一つで、所謂ダンジョンから生まれたモンスター達の事を指す。

 そしてそのモンスター達は総じて人間に敵対的であり……こうして「ゼルフェクト神殿」が本物の上級邪妖精セラト・イヴィルズであるクラートテルランのような存在と言葉を交わすようになるまでは、語ることすらおぞましい歴史があり……それこそがハインツの語った灰色の御子グレイチャイルドの生まれた理由でもあった。


「忘れたなら何度でも言ってやる。俺はあの神殿の連中は気に食わねえ。だがお前が気に入ったから力を貸してる。ま……世界が滅ぶまでの戯れみたいなもんだがな」

「……滅んだら」

「あ?」

「世界が滅んだら、私も幸せになれる世界がくるのかしら」

「ハッ、どうかね。滅ぼしてみりゃあ分かるんじゃないか?」


 投げやりにも思えるクラートテルランの言葉にアロゼムテトゥラはじっとその顔を見つめ……やがて、ニッと笑う。


「……そうね。それしかないわよね」

「ああ」

「よしっ!」


 アロゼムテトゥラは意気揚々と立ち上がり、体についた葉や土を手で軽く払う。


「気分転換に水浴びでもしてくるわ」

「おう、そうかい」


 水場の方へと歩いていくアロゼムテトゥラを見送ると、クラートテルランは再度の溜息をつく。

 そんなクラートレルランに邪妖精イヴィルズが水を差し出すと、クラートテルランは一息で飲み干して木のカップを放り投げる。


「哀れな女だ。ゼルフェクトがそんな甘いもののわけがないだろうに」

「ギゲギギイ」

「おう、そうだよ。全部ブッ壊して、俺達もまた滅ぶ。それが俺達に本来与えられた運命さ」

「ゲゲギゲゴア」


 再度何かを喋った邪妖精イヴィルズの頭を掴むと、クラートテルランは氷のように冷たい目で邪妖精イヴィルズを睨み付ける。


「……何を考えてるかだとォ? お前、いつから俺を監査できる立場になったんだ。それともゼルフェクトの忠臣気取りか。一山幾らの雑魚が気取ってんじゃねえぞ」

「クラートテルラン様、オヤメヲ」

「あ?」


 かけられた声にクラートテルランは反応し……左横にローブ姿の少し大きな邪妖精イヴィルズが跪いているのを見る。


「ああ、お前か。準備は出来てんのか?」

「ゴ命令通リニ。イツデモ行ケマス」

「おう、そうかい。ったく、ドラゴンが死んでなきゃあ煽るだけで済んだってのに。余計なことをしてくれたもんだぜ」


 一通り悪態をつき終わると、クラートテルランは掴んでいた邪妖精イヴィルズを投げ捨てる。


「アロゼムテトゥラが戻ってきたら、最後の作戦会議を始める。隊長共にそう伝えろ」

「ハイ」


 齧りかけのリンゴを再度齧りながら、クラートテルランはカナメ達の事を思い出す。


「……不安要素があるとしたら、あの三人か。だがまあ、あの程度じゃ止められやしねえ」


 すり潰してやる、と。

 クラートテルランはそう言って暗い笑みを浮かべた。

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