灰色の御子

「ぶがっ……!」

電撃槍ヴォルランス!」


 体勢を崩すアロゼムテトゥラに追撃の魔法が命中し、更にトドメとばかりにハインツはアロゼムテトゥラを蹴り飛ばす。


「ぐ……っ!」

「さて、事情は存じませんがお嬢様の明確なる敵であるご様子。ならば当然、死ぬ覚悟は宜しいですね」


 少しだけ早くハインツの存在に気付いていたクラートテルランも、しかしそれでもハインツに手出しが出来ない。

 エリーゼやカナメにあった「隙」がハインツには全く無いからだ。

 一撃辺りの火力はエリーゼやカナメの方が致命的ではあるが、攻め込めば弾かれると確信させる……そんな堅牢さが「見た」だけで伝わってくるのだ。


「……なんだ、お前。何者だ」

「ただのバトラーナイトでございます」


 クラートテルランにそう答えながらも、ハインツは奪った短剣をちらつかせる。

 動けばこれを投げる。言葉にしてすらいない脅しだが、浮かべたままの柔らかな笑みはクラートテルランにハインツの底知れなさを感じさせた。


「……ぷはっ! ハイン、貴方どうして……!」


 口を塞いでいたものを外したエリーゼがそう言ってハインツを見上げるとハインツは青い宝石のついたペンダントをシャラリと懐から出して、またすぐに仕舞う。


「それは……」

「私としたことが、お預かりしたままだったのを忘れておりまして」


 そんな会話の間にアロゼムテトゥラは立ち上がってハインツを睨み付けているが……ハインツは慌てた様子もない。


「なるほど。邪妖精イヴィルズのような見た目だとは思っていましたが、耐久力までモンスターじみていらっしゃるようで」

「……そうよ」


 アロゼムテトゥラは垂れていた赤い鼻血を拭うと、腰に差していたもう一本の短剣を引き抜く。


「貴方達流に言えば上級邪妖精セラト・イヴィルズというのかしらね。それが私達の……」

灰色の御子グレイ・チャイルド


 会話を遮るようにハインツが呟いた言葉に、アロゼムテトゥラとクラートテルランがピクリと反応する。

 エリーゼはやはり驚いたような顔をしているが、カナメはやはり分からない。


「今回のダンジョン決壊の一件……いくら欲の皮の突っ張った村があったからといって、早々起こる事ではありません。ゼルフェクト神殿……やはり関わっていたのですね」

「ゼ、ゼルフェクト神殿……?」

「ええ、そうですカナメ様。破壊神ゼルフェクトの復活を目論む救いがたい破滅志願者達の集団。そして灰色の御子グレイ・チャイルドとは……」

「うるせええええええ!」


 クラートテルランの絶叫にエリーゼとカナメがビクリと反応するが、ハインツは微動だにしない。


「……落ち着いて、クラートテルラン。私達は誇り高き上級邪妖精セラト・イヴィルズなんだから」

邪妖精イヴィルズの血は黒い。赤い血を流すのは……邪妖精イヴィルズとの混血によって生まれた灰色の御子グレイ・チャイルドだけです」


 言われて、アロゼムテトゥラはハッとしたように鼻を抑える。

 そう、先程アロゼムテトゥラが流した鼻血は赤かった。

 それは、つまり。


「混血……?」

「うるせえ、うるせえ、うるせええええええええええええええ!!」


 クラートテルランの声に反応するかのように、クラートテルランを中心に爆炎が発生する。

 それは周囲の瓦礫を吹き飛ばし、更に周りの建物に火を燃え移らせていく。


「テトォォ!!」

「え、ええ!」


 ハインツの意識が逸れた隙を狙いアロゼムテトゥラは近くの屋根に飛び移って走り去り、クラートテルランもまた別の屋根へと飛び移る。


「いいか、クソ人間」


 今までのどれよりも怒りに燃える目でクラートテルランはナイフを取り出し、自分の腕を傷つける。

 その傷口から流れる黒い血にハインツは目を見開き……クラートテルランは静かな、しかしよく通る大きな声で宣言する。


「正真正銘の上級邪妖精セラト・イヴィルズであるクラートテルランが宣言してやる。お前達を町ごとぶっ潰して、王国も潰す。止められやしねえぞ。もう英雄王はいねえんだからな」


 そう言い残すと、短剣を投げ……ハインツがそれを受け止めた時には、もうクラートテルランの姿は消えている。


「ダグマ鋼の短剣……ですか」

「ハインツさん!」


 駆け寄ってくるカナメにハインツは微笑むと、短剣を布で包んで懐へと仕舞い込む。


「カナメ様、貴方もご無事でよかった」

「いえ、そんな……エリーゼ! 大丈夫か!?」

「ひどいですわ、カナメ様。私の安否よりハインが先なんて」

「え、ええ!?」


 冗談交じりに言うエリーゼにカナメはオロオロとして……しかし、それでも座り込んでいたエリーゼを何とか抱え上げる。


「とにかく、一度宿に戻って……」

「カナメ様」


 歩き出そうとするカナメをハインツは前に回って押し留め、そんなハインツの態度にカナメは疑問符を浮かべる。


「あ、あのハインツさん……?」

「私はこの町からの退避を強く推奨致します。ゼルフェクト神殿が関わっているとなれば、間違いなく「決壊」は「侵攻」に変わるでしょう。そして、それまで恐らく時間は然程……」

「やめなさい、ハイン」


 ハインツの言葉を止めたのは、そんなエリーゼの言葉。


「私は絶対に逃げません。名と命にかけて、絶対にです。貴方もそのつもりでいなさい」

「……しかし」

「異議は認めません。「準備」をなさい、ハイン」

「……御心のままに」


 ハインツは一礼をすると、カナメへと視線を向ける。


「カナメ様。お嬢様を今日のような危機に晒さぬよう……」

「ハインツ」

「……では、これで」


 闇に溶け込むように姿を消すハインツが何処に行ったか本気で分からずカナメがキョロキョロしていると、エリーゼがその顔をぐいと掴む。


「もう、カナメ様! そんなにハインがお好きなんですの!?」

「ええー……いや、そんなことはないけどって、エリーゼ。それ」

「え?」


 エリーゼは自分の首にかかっていたペンダントに気付き「まあ」と声をあげる。


「そういえば、これを届けるという建前なんでしたわね」

「建前って」

「ハインがそんな失敗するわけありませんもの。さては……」


 考え込むように黙り込んだ後、エリーゼは「とにかく戻りましょう」とカナメに提案する。


「状況をまとめなければなりませんし……この機会にカナメ様にも色々説明して差し上げますわ」

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