夜の町で3

 死ぬ。確実に死ぬ。

 避けようがない、防ぎようがない、耐えようがない。

 つまり、死ぬ。

 それが分かっていて、それでもカナメは逃げようとは思わなかった。

 エリーゼを守ろうと、精一杯手を広げて。


火炎轟渦フレイヴォーダ!」


 エリーゼの放った炎の壁のようなものがカナメ達の周囲の吹雪を薙ぎ払い……その一瞬の攻防の後、周辺全てが凍り付いた中でカナメ達の僅かな周囲だけが元の通りの姿で残る。


「……あ、そうか。エリーゼの、魔法」

「カナメ様、下がってらして」


 エリーゼはそう言うと、真剣な表情で屋根の上の男を睨み付ける。


「いきなり随分な挨拶をなさるのね? 何処の何方か存じませんが、それが貴方の一族の流儀なのかしら?」


 挑発じみた言葉にしかし、屋根の上の男はポカンとした顔で口を開けているだけだ。

 だが、すぐにその表情は楽しそうな表情になり……その口元には笑みが浮かぶ。


「ああ、いやいや……正直驚いた。まさか杖も持ってねえ人間に殺すつもりの魔法を防がれるたぁ思わなかった。凄ぇな、お前。そうか、あれか。噂の「レクスオール」ってのはお前だな?」

「……あら、貴方には私がそんなに神々しく見えるのかしら?」


 レクスオール。その言葉にカナメは反応しかけるが、何も言わずに屋根の上の男を睨み付ける。

 だが屋根の上の男はカナメをたいしたことないと判断したのか、カナメを見ようともしない。

 男の興味はエリーゼに移っており、それをエリーゼも自覚した上で慎重に言葉を選ぶ。


 噂のレクスオール。

 それは間違いなくカナメの事を指しているが、しかしカナメ本人を特定したものでもない。

 そうした噂は「森から放たれた光」がレクスオールの矢だとか、そういう事を噂しているのであってカナメがそうだという話ではない。

 だがそれは同時に「レクスオールの矢のようなもの」を放った何者かが森に居たという事であり……それが神か人かはさておいて「レクスオールの噂」として成立している。

 この男が話しているのもそういう意味であると判断したエリーゼは、それ故に誤魔化しの方向に入ったのだが……初手から殺しに来ている以上、この男相手に「違うなら帰る」という選択がないのも理解できてしまっている。

 いや、そもそも……あの緑色の肌は何かを塗っているのだろうか。夜闇に紛れやすいのかもしれないが、そのあまりにも艶やかな緑が不気味さを増している。

 耳からすれば王国ではあまり見かけない妖精族に見えるが……あれではまるで邪妖精イヴィルズだ。


「まあ、違うなら違うでいいんだ。どのみち殺すんだしよ」

「暗殺者にしては随分と乱暴ですわね。そんな風で貴方の雇い主は隠蔽できるんですの?」


 正直、王族であるエリーゼには暗殺者に狙われる理由はいくらでもある。

 流石にあんな邪妖精イヴィルズのような化粧をする色物に狙われる覚えはないが、暗殺者というものには色々と理解しがたい風習を持つ者達もいるという。

 ……もっとも、男の言動からするに暗殺者の可能性は低いように思えるが……確証が持てない以上、口の軽そうな男から出る発言は貴重な情報だった。

 だが男は面倒くさそうに手を振ると、ぺっと唾を吐く。


「それアレだろ、時間稼ぎとかってやつだろ? いいよ、そういうの。嫌いなんだよ」

「私も自己紹介すらしない男は嫌いですわ……あら、お互い嫌い同士で気が合いますわね?」


 エリーゼがそう言い放つと男は再びきょとんとした顔になり……首を傾げたり何処か宙を見たりとした動きを繰り返した後に「ああ」と納得したように呟く。


「そうか、そういうことか。本当に「分からねえ」んだな」

「……何の話ですの?」


 警戒を強めるエリーゼに、男は頭を掻くと長い溜息を吐く。


「こいつは俺の手落ちだな。てっきりこのツラを見せた時点で自己紹介は済んでるものと思い込んじまった」

「人の話を……」

邪妖精イヴィルズ


 男の発した単語に、エリーゼの言葉は途中で止まる。

 そして何かを考え込むように下を向いてブツブツと何かを呟きはじめ……しかし、男は気にせず話し続ける。


「お前等流に言えば、邪妖精イヴィルズ。そう言えば分かるか」

邪妖精イヴィルズ……じゃあ、まさか中級邪妖精ミルズ・イヴィルズっていうのは!」

「おいおい」


 思わずといった様子で声をあげるカナメに、男は呆れたような声をあげる。


「俺って、そんな雑魚に見えるか?」


 手の中でクルクルと短杖を回しながら、男は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「あえて言うなら……そうだな、俺は」


 両手を広げて何かを言おうとした、その矢先。男の笑顔は驚愕と警戒のそれに変わる。

 先程から何かをブツブツと呟いていたエリーゼの高まる魔力に「ようやく」気付いたからだ。

 無知な相手に自分の優位を晒す喜びに浸っていなければ。

 エリーゼの不自然に長い呟きに少しでも耳を傾けようとしていれば。

 カナメの突然の大声の違和感に気づいていれば。

 だが、その全ては結果論。

 顔を上げたエリーゼの向けた両手の先……中空に幾つかの魔法陣が展開する。

 複雑にして難解なその魔法陣の群れは、これから放とうとする魔法の補助。

 その狙う先は、男のいる屋根の上。


「てめ……っ」

弓神烈光矢レクスオールアロー


 そして、光が集う。

 轟音と共に放たれた鮮烈なる光の矢は男の居た場所を屋根ごと貫き……夜空を切り裂きながら遥か上空で解けるようにして消失する。

 

「す、すごいな……」

「ああ、確かにすげえ」


 屋根の吹き飛んだ工房の壁が爆散し、飛び出してきた何かがカナメを殴り飛ばす。

 常人であれば壁のように爆散しかねない威力の拳にカナメの身体は耐え、しかし地面を大きくバウンドして転がる。


「やっぱりお前が「噂のレクスオール」か、このクソ女が。危うくブッ殺されるところだったぜ」


 痛みを堪えながら起き上がったカナメが見たものは……エリーゼの襟首を掴んで持ち上げている、邪妖精イヴィルズを名乗る男の姿だった。

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