夜の町で4

「く……かふっ……」

「ったくよう、まさか杖無しであれだけの魔法を行使しやがるたぁな。普人にゃもったいねえぜ」


 エリーゼを掴みあげる男の言葉の意味は、カナメには半分も分からない。

 カナメに分かるのは今、エリーゼが苦しんでいるということだけ。

 だから。勝算も何もなくても、カナメは「エリーゼを助ける」以外の選択肢を全て投げ捨てる。

 

「うおおおおおお!」


 渾身の力で地面を蹴り、拳を固めてカナメは男へと殴りかかって。


「うぜえ」


 面倒くさそうに放たれた裏拳の一撃で、カナメは弾き飛ばされ地面に激しくその身体を打ち据える。

 破裂するような、あるいは地面を砕くような激しい音と共にカナメは地面をバウンドして転がる。


「寝てろよ、ヘタレヤローが。このクソ女から聞く事聞いてブッ殺したら……まあ、そうだな。死体で死ぬまで殴ってやる。人間ってのは愛する人に殺されるとかってのが好きなんだろ?」


 殺さないまでも、起き上がれないように殴った。

 その余裕が男に軽口を叩かせるが……その男の目の前で、カナメはゆっくりと起き上がる。

 計算も勝算も何もないままにカナメは男へと向かっていき……再び殴り飛ばされる。

 それでも起き上がるカナメに興味を引かれたか、男は初めてカナメへと「まとも」に視線を向ける。


「お前の耐久力もおかしいな。今のは確実に「砕く」つもりでやったんだぞ」

「……エリーゼを離せよ」

「会話になってねえぞヘタレヤローが」

「離せええええええ!」

「ああ、そうかい」


 男の蹴りがカナメを弾き飛ばし、硬い地面の上を何度も……何度もバウンドさせる。

 だがその様子を見ても、男はチッと舌打ちをするだけだ。


「やっぱりか。身体を覆う魔力が尋常じゃねえ。お前、まさか狂戦士バーサーカーか?」


 男の質問には答えないまま、カナメはゆっくりと起き上がる。

 いや、答えられないのだ。男の言っている「狂戦士バーサーカー」とやらが何なのかは分からない。

 ……だが、それになればエリーゼを助けられるというのならば、狂戦士バーサーカーでも。


「それは困るわ、新たなるレクスオール」


 気付けばカナメと男の間には、一人の少女が立っている。

 纏うのはフリルで飾った黒いドレス。

 真ん中分けの長い銀髪と、金色の目。

 抱きかかえるように持った大きな鎌は、この暗い中でもギラリと輝いている。


狂戦士バーサーカーというのは、言うなれば魔力放出障害。正しく魔法を扱う機能が壊れて、そうなるしかなかった者達と……魔法を捨ててでもそうなる事を選んだ者達のなれの果てよ」

「君、は」

「ああ!? 何が君、だ!」


 少女の事が男には見えていないのか、まるで自分に言われたかのような反応を男がして。

 ああ、やはり見えていないのだとカナメは気付く。

 だが……カナメとしても少女に……たとえ少女が死の神レヴェルだとしても、今は関わっている暇はない。


「エリーゼを……助けなきゃいけないんだ」

「弓を使えばいいのに」


 弓。それがあればどんなにいいだろう。だが、持っていない。持ってきていない。

 宿に置いてきてしまっていたのだから。

 まさか、この辺りに弓が落ちているというわけでもないだろう。

 エリーゼのように多くの魔法が使えるわけでもない。今、カナメにあるのは拳だけ。


「ああ、もういい。なんだか気持ちが悪ィ。順番変更だ。先にお前を殺す」


 少女の向こうで、男がエリーゼを投げ捨てる。

 地面に投げ捨てられたエリーゼは咳き込みながらも男を睨み付け……腹を蹴られて転がっていく。


「叩っ斬る。真っ二つにしときゃ、もう立ち上がらねえだろう」

「やめなさっ……かっ」


 鞘に手をかけた男はよろめきながらも男を止めようとしたエリーゼの腹を再び蹴り、踏みつける。


「ハハハ! 「かっ」だってよ! もっと面白い鳴き声出してみろよ!」

「うっ……あぐっ! 誰が……そんな……!」

「最初からこうしてた方が面白かったなあ。おいほら、鳴けよ」

「エリ……!」


 ガチャリと。少女の鎌が、走り出そうとしたカナメの喉元に突き付けられる。


「言ったはずよ、新たなるレクスオール。あの弓は、貴方の本質。本質とは取り外しが可能なものかしら?」


 たとえカナメにしか見えずとも、突き付けられた鎌の感触は本物。

 少女が望めば、カナメにしか見えないこの鎌はカナメの首を落とすかもしれない。


「何、を言って……」

「本質とは内にあるもの。たとえ他人に見えていたとしても、それは結局貴方の内にあるもの。貴方だけの真実」


 少女の姿が近づき、カナメの目の前に立つ。

 あと一歩でぶつかり合うようなその場所から、少女はカナメの「中」へと手を伸ばす。


「……すなわち、貴方だけの魔法の形」


 音もなく、感触もなくカナメの中に潜り込んだ少女の手は……ずるりと、輝く光の珠のようなものを引きずり出す。

 それを少女はカナメの手に握らせ……その瞬間、光の珠は激しく輝き形を変えていく。

 周囲を埋め尽くすような光の中で……カナメにだけは「それ」がなんであるか見えていた。


「うお……光!? んだこりゃ、何しやが……っ」

矢作成クレスタ


 もう何度も唱えた詠唱を、口にする。

 その手に生まれるのは半透明の矢。

 その目で捉えたものを貫く、風の矢。


逃れ得ぬ風の矢ハルティールアロー!」


 手の中にある黄金の弓に番え、放つ。

 何度も繰り返したその動作から放たれた矢は……慌てて矢を叩き切ろうとした男の剣を不可思議な軌道で避け、男の胸へと突き刺さった。

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