神官騎士イリス3

「俺は……」


 カナメの中を、色々な言葉がよぎる。

 どう言えばいいか。

 いや、どう誤魔化せばいいか。

 どうすれば、一番無難な結果に落ち着くのか。

 考えて、考えて。それでもどう言うべきか迷って、カナメは「俺は」と再度口にする。

 真剣なイリスの瞳が怖くて。カナメが此処で言ったことが、何か大きな影響を与えてしまいそうで。

 どう言えば誤魔化せるかを、必死で考えて。


「……俺、は」


 繰り返し、黙り込む。

 

「カナメさ……」


 駆け寄ろうとしたエリーゼを、アリサが腕を伸ばし留める。

 助けてはいけない。

 此処は……今この瞬間は、カナメが選ばなくてはならない分岐点だ。

 それでも選べないというのなら、それでもいい。

 何も選ばずに生きていく人間は一杯いるし、カナメがそうであってならない理由はない。

 ……だが、「選ばせる自由」だけは誰も奪ってはならない。

 それを奪うということは、その相手の未来全てを簒奪する行為に等しい。

 だからこそ。今この瞬間だけは、手出しをしてはならないのだ。


「……俺は無限回廊の向こうから来た、普通の人間です」

「無限、回廊……!」


 驚きに目を見開くシュルトとは対照的に、イリスは冷静さを保ったままカナメを見つめ続ける。


「では、その弓は……?」

「欲しいと願ったら、この手にあった。それだけです」


 カナメの答えに、今度はイリスが黙り込んでしまい……しかし、シュルトが「僕からも質問を」と切り出してくる。


「カナメ君はあの夜……あー、レシェドの街での話ですね。僕の護衛依頼を受けると飛び込んできましたが、アレは? 僕は正直あの時、誰か事情を知る者の仕立て上げた「偽者」だと疑ってたんですが。なんか僕の顔も知ってた風ですし」

「無限回廊で、シュルトさんが殺される風景を見ました。それを変えたくて……」

「カナメさん」


 カナメの言葉を遮り、イリスの言葉が響く。

 相変わらず肩を掴んでいるイリスの力は強く、その顔は真剣なままだ。


「私は今、心の底から舞い上がっています」

「は、はあ」

「しかし、私の立場上「筋の通った説明」と「それらしき物証」を確たる証拠とするのが「私の直感」のみでは貴方を偽者と罵る者達からお守りできないかもしれません」

「えーと、ちょっと待ってください」

「はい」


 ピタリと押し黙ったイリスに少し怖いものを感じつつ、カナメはイリスに問いかける。


「俺は別に、あー……レクスオールの化身でもなければ啓示を受けたわけでもない普通の人間なので、別にそんな偉そうな何かになるつもりは」

「では、何になるおつもりなのでしょうか?」


 イリスの問いに、カナメは返答できず黙り込む。

 何になるつもりなのか。

 何を目指しているのか。

 元の世界でも見えていたか分からなかったものではあるが、今のカナメにも見えてはいない。

 そのうち見つかるだろう、と。そう考えているのが実際のところだ。


「……それ、は」


 アリサのように強く、頼れるような。

 そんな漠然とした目標はある。だがそれは、結局何者であるのだろうか?

 分からない。だがこのまま、イリスに流されるままが正しいとはカナメには思えなかったのだ。


「ちょっと待ってください、イリス」


 だが、そんなカナメの思考をシュルトの言葉が遮ってしまう。

 それが分かったのだろう、イリスは忌々しそうに……本当に忌々しそうにシュルトへと振り返る。


「……なんですか、兄さん」

「まさか、貴方はカナメ君を担ぐつもりですか?」


 シュルトのその言葉にカナメは疑問符を浮かべるが、エリーゼがピクリと反応する。

 そしてイリスも敏感に反応し……「いいえ」と答える。


「兄さんも聞いたでしょう。カナメさんは担がれる事を望んではいない。いいえ……そもそも私達はそういう組織ではない筈」


 担ぐ。つまりカナメをレクスオール神の化身として聖国のレクスオール神殿のトップとして据えるつもりか……というのがシュルトの言葉の意味だが、イリスはそれを真っ向から否定する。

 そもそもレクスオール神殿の神官達は、自分達が「いつかの戦い」でレクスオール神と共に戦うことを喜びであるとしている。

 だからこそ「担ぐ」事が正しいとはイリスは思わない。

 そして、「名乗り出る」事もカナメは否定した。

 ……だから、イリスの選択は決まっている。


「私はカナメさんと共に行きます。カナメさんを見極める為に。そして私達の求める方であったその時は、その第一の盾である為に」

「し、しかし。調査はどうするんですか。僕達の任務はそもそも……」


 チラチラとアリサ達の方を気にするシュルトだが、アリサ達としてはカナメを置いて此処を出る気は一切無い。

 

「……そうですね」


 カナメの肩をホールドしたままのイリスは呟き天井を見上げると、その視線をゆっくりとカナメの顔へと戻し……そうして何かを思いついたようにパッと顔をほころばせる。


「実はですね。この町には今、一つの噂があるんです」

「噂?」

「あ、ちょっとイリス! それは……!」

「兄さんは黙ってて」


 一睨みでシュルトを黙らせると、イリスは再び笑顔でカナメへと向き直る。


「……大きな鎌を携え踊る、黒い少女。そんな噂です」

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