神官騎士イリス2
「ちょっと待って」
イリスの言葉にカナメが何かの反応を見せるその前に、アリサがカナメとイリスの間に割って入る。
カナメを庇うように立ったアリサはイリスを睨み付けると、背後のカナメの弓をくいっと指さす。
「この弓が、レクスオールの弓にそっくり?」
「ええ」
「それはおかしい。レクスオールの弓としてレクスオール神殿が広めている弓がどんなものか、子供だって知ってる。こんな黄金の弓じゃなくて、もっとシンプルな弓よね。そうでしょう?」
そう、アリサも何度も見たことがある。
レクスオールの弓のレプリカとして売られている「装飾用」の弓は、もっとシンプルな……実用にも使えそうなデザインの弓だ。
験担ぎに実際に弦を張りなおして使っている狩人も結構な数がいる程で、「レクスオールの弓」というのは広く広まったデザインなのである。
だというのに、それとは程遠いカナメの弓が「レクスオールの弓とそっくり」だとイリスは言っているのだ。
それは言うなれば、斧と剣の違いが判らない木こりにも似ている。
間違えるはずがない。
その「ありえない」ことが今起きている。
それはアリサの警戒心を引き上げるには充分すぎた。
「……確かに。世の中に広まっている弓はそれとは違うデザインです」
イリスは至極真面目な表情でそう言うと、アリサの肩越しにカナメをじっと見る。
「そして、この百年程の間に現れた「レクスオールの化身」だとか、「レクスオールの啓示を受けた者」……まあ、そういうものを自称した者達の数は、この町に住む人間より多いと伝え聞きます」
「……? それが何、を」
言いかけて、アリサは気付く。
そう、つまりはそういうことだ。
「罠、か。偽者を手間なく選別するための……」
「その通りです」
アリサの答えに満足そうにイリスは微笑み、しかしカナメはまだ意味が分からずに疑問符を浮かべる。
「神殿が虚偽を流布するとは……公になれば大問題ですわよ」
「我々はアレがレクスオールの弓だと公言したことはございません」
そう、一般的にレクスオールの弓のレプリカとして売られている弓は正確には「レクスオールのご加護を賜るべく作られた弓」という風に売られている。
これを真似して一般の武器商でも「レクスオールの弓のレプリカ」として同じ形の弓が売られていることから「レクスオールの弓」として知られているのが現在の形であり、レクスオールをイメージして画家が描く絵もそれを元に描かれている。
……だがなるほど、確かに「これがレクスオールの弓だ」とは一言も言っていない。
「もっとも、これは一部の高位神官のみが知らされることですが。恐らく一般の神官の認識は皆様と似たようなものかと」
今の言葉は、自己紹介も兼ねているとアリサは気付く。
一部の高位神官しか知らされないような事をイリスとシュルトは知っている。
つまりそれは……一つの事実を示している。
「……聖国」
「はい、改めて自己紹介を。ルシュヴァルト聖国レクスオール大神殿にて神官騎士の称号を賜っております、イリスと申します」
「同じくルシュヴァルト聖国レクスオール大神殿の神官、シュルトです。改めてよろしくお願いしますね」
「え……え? ど、どういうことなんだよ」
「簡単だよ。この二人は聖国の高位神官クラスで、そういったお歴々が秘匿している「本物のレクスオールの弓」の形状とカナメの弓がそっくりだってこと」
アリサのかいつまんだ説明に、しかし混乱するカナメの頭の中では未解決の疑問が渦巻く。
その原因は、無限回廊で見た風景。
本来であれば……そう、本来の「未来」ではシュルトはカナメ達と出会わなかった。
出会わぬままシュルトは殺され、カナメ達とはそのままでは無関係であっただろうこの町でイリスは死の運命を受け入れた。
……だが。だとすると。
「……そうじゃない。そんな偉そうな人達が、この国で何をしてるんだ?」
そう、此処は聖国ではなく王国だ。この世界の事情についてカナメが詳しいわけではないが、他国のそんな重要人物がお忍びでウロウロとしていいわけがない。
実際、カナメが関わらなければシュルトは確実に死んでいた。
そしてそれは表沙汰になれば外交問題が確実なはずでもある。
「あー、ええ。その辺は我々聖国はちょっと特殊ですし、僕達兄妹も別に国賓クラスの重要人物というわけでもないんですよ。でもまあ、きっとそういう事を聞きたいんじゃないですよね」
そう、カナメが疑問に思っているのは「何をしているのか」だ。
現地の……王国の神殿の関係者ではなく、聖国の神殿の関係者が動くほどの事。
もしや神殿でも「無限回廊」に入れる者が居て、その調査に来たのでは……と。カナメはそんな事を考える。
「つまりですねぶっ」
「兄さんは黙っていてください」
ほとんど張り手の勢いでイリスはシュルトの口を塞ぐと、アリサをぐいっと押しのけてカナメの肩を掴む。
「話を戻します。貴方の持つ弓は「レクスオールの弓」として伝えられる似姿とよく似ています。いいえ、それだけじゃない……理由は分かりませんが、私は「貴方こそが」という直感にも似た何かを感じています。だからこそ聞きたいのです」
イリスの瞳は真剣で、その青い目はカナメの奥底を見通そうとするかのようにカナメを貫く。
「カナメさん……貴方は、何者ですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます