神官騎士イリス

「……うわあ、これは」

「しばらく誰も出入りしてないね、こりゃ」


 イリスに案内されたレクスオール神殿は石造りの小さな二階建てだが……どうにも放置されてしばらくたつようで、周囲には草が生え放題であった。


「壁が妙に綺麗なのがまた……」

「清浄の魔法がかかっていますから。流石に限度はありますが、少し放置した程度では威光は失われません」

「贅沢な……」


 アリサの呟きにイリスは答えず、扉に手をかけ開く。

 

「鍵かかってないんだな……神殿だからか?」

「いえ、普通はかかっているのです」

「え?」


 スタスタと中に入っていくイリスの後を追いカナメ達も中に入るが……そこにあったのは、何もないガランとした広い空間だけであった。


「……えーと、改装中……ですか?」

「いいえ」

「そうか、移転したんですのね?」

「いいえ」


 アリサとエリーゼにイリスは首を横に振って否定する。

 そう、この神殿の中には何もない。

 信者達が座る為の椅子も、祭壇も、燭台も、何もかもが。


「この神殿が一時閉鎖したのは、随分前のことです」


 理由は不明。しかし、ある日この神殿に赴任していた神官が行方不明になってしまったのだという。

 その結果として神殿にはしばらく神官が不在の状態が続いたのだが……後任の神官がこの地に赴任した時に見たものは、「何も残っていない」神殿であったという。

 二階の居住スペースにあるものは勿論、一階の神殿部分にある祭具や椅子に至るまで……少しでも金になりそうなものはすべて消えてしまっていたのだそうだ。

 恐らくは流れ者の冒険者か何かであろうという結論をこの町の騎士団の詰め所は出したそうだが、神官にはそうであるとは思えなかった。

 椅子のような重たいものを流れの冒険者が処分できるとは思えないし、祭具も何処かに売れるものでもない。

 もし売れるとしたら金や銀、宝石の部分を削り取って鋳潰し、残りを処分してしまうとか……そういうやり方になるだろう。

 そしてそれが出来るのは、町の人間だけだ。

 それも恐らくは目撃者が出ても問題がないような……つまりは見過ごしたり協力したりするような広範囲、下手をすると町ぐるみだ。

 騎士団はともかく、自警団はグルであるかもしれない。

 ……だが、何故そのような事を。調査を進めていくうちに、一つの事実が浮かび上がった。


「この神殿に赴任していた……行方不明になった神官は、町の人間に金を貸していたようです」


 それも結構な額であったようで、返しきれないと酔ってぼやくミーズの住人の姿が他の町で目撃された事もあるという。


「それって、高利貸しとか……」

「さあ。しかし、この町の事業が軌道に乗るまでには結構な苦労があったそうですから……ひょっとすると、請われるままに無利子で貸していたかもしれません」


 その真実は分からない。あらゆる全ての正しさを測るというヴェラールの天秤でもなくば、村人と神官のどちらが善であったかなど測りようもない。

 だが恐らくは……この神殿に居た神官は殺され、神殿にあったものは奪われた。

 そして騎士団の詰め所は調査の末、「流れの冒険者か何かが犯人である」と結論づけた。

 だから、それで終わり。それ以上は神殿側のいちゃもんにしかならない。


「故に、この神殿は無期限に「一時閉鎖」となりました。此処は地上に顕現したダンジョンである……というのは、此処に最後に居た神官の言葉でした」

「……シュルトさんは、このことって」

「ええ、知ってましたよ。こういう場所があるという事を知るのも、神官にとって大事な事です」


 この神殿が閉鎖されたのがいつの事かは分からないが、恐らくは相当に昔なのだろう。

 それでもこの神殿がこうして残っているのは、イリスやシュルトのような神官達が定期的に訪れて整備をしているからなのだとアリサは気付く。

 一時閉鎖とは言っているが、恐らくレクスオール神殿はこの神殿を再開させる予定はないだろう。

 ずっとずっと……この町の罪の象徴として。そして、神官達への教材として残し続けるはずだ。


「ちなみに、この町にはここ以外に神殿はありません」


 全て取り壊されました、と。そうイリスは語る。


「……ああ、まあ……そうですわね。そもそも全ての神殿はライバルである以上に仲間ですもの。一つの神殿でそうなったとあれば、聖国から撤退命令がきますわね」

「そういうことです。故に、我々レクスオールに仕える者以外の全ての神官は、この町に近寄りもしません」

「えげつない復讐ですわ……」


 神に見捨てられた町などという悪評がたてば、もうそこには衰退以外の未来はない。

 このミーズは今、レクスオール神殿の神官が立ち寄るという事実によってのみ生きながらえているのだ。


「この場所を選んだのは、町の人間は誰も近づこうとしないからです」


 イリスの言葉に、カナメはごくりと唾をのむ。

 そんな場所で、一体何の話をしようというのか。

 心当たりはある。カナメの持つ、この弓。

 だが、違うはずだ。この弓は、レクスオール神の弓とされているものとは違うはず。

 弓神の矢レクスオールアローも、シュルトの前では見せていない。


「……何故、その弓を……レクスオールの弓とそっくりな弓を、持っているのですか」

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