ミーズの町
ミーズの町は、木で造られた砦のような壁に囲まれた町であった。
あちこちに作られた物見小屋と、壁の上の道らしきものを走る自警団らしき人々の姿。
石壁に囲まれたレシェドと比べれば確かに少しの不安感はあるだろうが、充分に立派な防備であると言えるだろう。
「さて、では我々はこの町で果たすべき任務がある。それが終わり次第戻るから、お前達とは此処でお別れということになるな」
「はい、ありがとうございました」
アリサが愛想笑いを浮かべながらそうルードに答えると、ルードは少し黙った後に兜をガチャリと外す。
赤い髪を短く刈り込んだ髪と、気難しそうな顔。睨み付けるような鋭い瞳は……まあ、元々なのだろう。
「……出発する時の発言は撤回しよう。お前達は、立派に仕事をこなしていた」
「へ? あ、いえ。ありがとうございます?」
急に何を言い出すのかとアリサは思わず変な声を出してしまったが、慌てて取り繕う。
「冒険者に対する認識が間違っているとは今も思わないが、お前達は別だ」
「はあ」
何があったのか……と聞くのは野暮というものだろう。
騎士団の仕事をしていれば、どうしようもない冒険者を取り締まる機会は何度でもある。
そうした生活でルードの中に「冒険者はどうしようもない足手まとい」とか「ろくでなし」という固定イメージが出来ていたとしても、アリサがどうこう言うような話ではない。
更に言えば、アリサ達を「一般的な冒険者」のイメージ像として再設定されても困る。
実際クズな冒険者がいるのも多いのも事実だし、アリサだって聖人ではない。
しかしまあ、そんな事を言うのもやはり野暮だ。
「名前を教えてくれるか」
「えーと……アリサです。ただのアリサ。あっちはカナメとエリーゼ」
「そうか。ならばアリサ、お前にこれを預けよう」
そう言うと、ルードはアリサに銀色のメダルのようなものを投げてくる。
キャッチして手の中のそれを見てみると、メダル自体は銀製で周囲を金色の……まあ恐らく金だろうが、そうしたもので覆っている。
彫り込まれているモノは何かの鳥をモチーフにしたもののようだが、アリサにはよく分からない。
「ローデリヒト家の紋章を彫り込んだメダルだ。冒険者のお前には分からんだろうが、信頼する者に渡すモノだ」
信頼。
信頼に値する仕事はしているが、別にアリサとしてはそれでルードの信頼を得るような行動をしたつもりもない。
「……でしたら、受け取れません。仕事を全うするのは当然の事ですから」
「大したものではない。没落貴族であるローデリヒト家のメダルなど、その辺の商人の口利きよりも価値がないしな」
没落貴族と聞いてアリサは遠巻きに見ているエリーゼにちらりと視線を向け、すぐにルードへと視線を戻す。
「だとしても。やはり受け取る理由がありません。そもそも、私がこれを売り払ったらどうするつもりですか」
「どうもしない。そして返却は不可だ。一度授けたものを突き返されるなど家の恥だ」
「さっきは預けるって……」
抗議するアリサにしかしルードは聞こえていないとでもいうかのようにそっぽを向くと、そのまま身を翻す。
「お前達のような「真面目」な冒険者には、多少の後ろ盾があるべきだ。魔除けにもならんだろうが、困った時はそれを出すことを許可する」
そう言って去っていくルードを見送って、アリサは手の中のメダルを困ったような顔で見つめる。
真面目に仕事するだけでこんなものを貰えるなどという話は聞いたことがないし、質屋に流れているのを見たこともない。
というか、そんなものが存在するという話も聞いたことがない。
……となると、このメダルは相当にレアなものということになるが……。
「ほー、何を受け取っているのかと思えば」
いつの間にか近寄ってきていたシュルト達に手元を覗かれて、アリサは「わっ」と叫んで飛びのき、そのまま背後のカナメにぶち当たる。
「あ、ごめんカナメ」
「まあ、騎士団内でレシェド支部の醜態は有名になったみたいですしねー。あの人なりに気になったのかもしれませんね」
何か言いかけたカナメの言葉を打ち消すようにして放たれたシュルトの言葉に、アリサは再び妙な声をあげそうになる。
レシェド支部の醜態……となるとアリサ達の関わった件しかないが、一体どこまで伝わってしまっているのか。
「私も詳しく聞いたわけじゃないですけど、騎士団のレシェド支部で無実の冒険者に何かの罪を押し付けるような事件があったとかなんとか。それは解決済らしいんですけど、相当問題になってるみたいですよ」
「へ、へえ……」
「ルードさんなりに、類似の事件があった時にどうにかしてあげたいっていう心意気なんでしょうね」
類似の事件どころか当事者そのものなのだが、そうとも言えずにアリサは頷くしかない。
アリサとカナメも目をそらし、シュルトは「興味ありませんでしたかね」などと首を傾げてみせる。
「ま、まあともかく。これで依頼は終了ですね?」
「ええ、そうですね。とりあえず報酬をお支払いしましょう」
言いながら、シュルトはマントの内側から革袋を取り出してアリサの手の上に乗せる。
アリサは革袋を慣れた手つきで開けると、素早く中身を確認して懐へと仕舞う。
「はい、確かに。シュルトさんはすぐに次の街に?」
「ええ、そのつもりですが……」
「うわあっ!?」
突然響く声に、二人は会話を中断して振り向く。
すると、そこには……背後からカナメに抱き着く、誰かの姿があった。
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