宿場町にて5

そして、朝。鐘の鳴らない静かな夜を過ごしたカナメはしかし、何やら甘い香りを感じてムクリと起き上がる。


「ん……んん……」

「あら。おはようございますカナメ様」


 カナメの鼻先に手を伸ばしていたエリーゼの顔が目に入り、カナメはぼんやりとした頭でそれをじっと見る。


「起こそうとしたのですけど、少し残念ですわ」

「ん……おはよう」


 手をひっこめたエリーゼにそんな返事を返しながら、カナメは頭を覚醒させる。

 

「……やっぱり、鐘が鳴らないと静かだな。なんか寝過ごした気がする」

「ふふふ、まだ日の出前ですもの。寝過ごしたという程ではありませんわ」


 言われて身を起こしてみれば、確かにまだ暗い。

 夜だと言われても納得できる程だが……集合が「日の出の頃」だというのを思えば、決して早くはない……はずだ。


「えーと。で、この匂いって……」

「アリサが干し芋を炙ってますの。外に水も用意してありますから、顔を洗うとよろしいですわ」

「……なんかごめん。明日は俺もやるよ」


 カナメが申し訳なさそうにそう言うと、エリーゼはクスリと笑う。


「ふふふ……では明日はアリサが起きる前に起こして差し上げますから、二人で一緒にやりましょうね」

「あ、ああ」


 そう言ってテントの外へ出ていくエリーゼを追うようにカナメもテントを出ると、何やら串のようなものに干し芋を刺して火で炙っていたアリサが振り向いて「おはよう」と告げてくる。


「あ、おはようアリサ。えーと」

「水はそこの桶。手も洗うやつだから、中身はまだ捨てちゃダメだよ」

「え、ああ」


 串で指された先の桶の中の水を一掬いとって顔をパシャリと濡らすように洗うと、まだぼけていた意識が覚醒してくる。

 なんだか背中やら腰やらが微妙に痛い気もするが、それはマント一つでテントの中で寝ていたせいだろう。

 キャンプのようなものとはいえ、ベッドでの就寝に慣れたカナメにはまだまだ辛い。


「はい、カナメ様」

「ん、ありがとうエリーゼ」


 受け取った布で顔を拭くと、エリーゼはそれを更に受け取り畳んでテントの中に仕舞い込む。


「まあ、簡単なもので悪いけど朝食にしよっか」

「いや、美味しそうな匂いだよアリサ」


 漂ってくる甘い香りは実際美味しそうで、カナメのお腹を刺激してくるが……言われたアリサは微妙な顔だ。


「たかが、焼いた干し芋でそんな事言われてもなあ……手をかけるところ、何処にもないし」

「そんなこと言われても……」


 困ったようにカナメが頭を掻くと、アリサは「冗談だって」と笑ってカナメに適当に座るように促す。

 

「カナメ様」


 エリーゼが自分の荷物袋に座り隣をポンポンと叩いているところを見ると、どうやら荷物袋を椅子にするらしいと気づき、少し躊躇いつつもエリーゼの隣に座る。


「えーと、なんかごめんエリーゼ」

「あら、こんなところに荷物袋を三つ並べる方が非合理的ですわ」


 串を差し出して笑うエリーゼにカナメも軽く笑って答え、串を手に取る。

 少しばかりの焦げ目がついた干し芋を軽く齧ると、ホクホクとした甘みと確かな食感が伝わってくる。

 元々が干し芋なので口の中でとろけてしまうようなものではないが、噛む度に広がる甘みと歯ごたえは一口ごとに満足感を与えてくれる。

 ゴクリと飲んで胃の奥に落とし込めば、それだけである程度の満足感が得られてしまう。


「……水が欲しくなるな」

「はい、カナメ様の水袋ですわ」

「あ、ありがとう」


 ニコニコとした笑顔で差し出してくるエリーゼから水袋を受け取ると、カナメは水袋の中の水を口に含み喉に流し込む。

 口の中の唾液を奪うような乾いたものであることが焼き干し芋の弱点ではあるが、これで問題ない。

 濃厚であるが故に飽きやすい味もリセットし、もう一口と齧りつける……のだが。


「えーと、なんで二人とも俺見てるんだ……?」


 自分をじっと見ているアリサとエリーゼにカナメは居心地悪そうに身をよじり、そんなカナメの反応に二人は照れ笑いのような仕草をする。


「あー、いやあ。干し芋をそんなに美味しそうに食べる人なんて久々に見たから」

「とっても幸せそうでこちらも幸せになってきましたわ」

「えーと……」


 なんだか急激に食べにくくなってきたのだが、アリサとエリーゼも自分の干し芋に齧りつく。


「あはは、なんだかいつもの干し芋より味がいい気がしてきたよ」

「ふふふ、私もですわ」


 そんな事を言う二人にカナメが顔を赤くしていると、ガチャガチャという鎧の音が聞こえてきてアリサが……遅れてエリーゼとカナメがバッと腰を浮かす。


「あー、そのままで。すまないな、食事の邪魔をして」


 そう言ってカナメとエリーゼの後ろ……から少し離れた場所に立ったのは、金髪を短く刈り込んだ三十代前後に見える男だった。

 体格はかなり良く、大男とは言わないまでも頼りになりそうな身体。

 全身に着込んだ金属鎧は相当重いはずだが、全く気にした様子もない。


「君達は、えーと……カナメ君とそのパーティで合っている、かな?」

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