宿場町にて6

「……失礼ですが、何方ですか?」


 警戒を解かぬままにアリサがそう問うと、騎士らしき男は「ああ、そうか」と言って苦笑する。


「申し遅れた。私はシュネイル男爵騎士団、ロールド支部所属のセベールだ。この宿場町……あー、現状ではメルベル森方面対策部隊駐屯地、となっているが……ともかく、その隊長をさせてもらっている」


 そう言って手を差し出すセベールの視線が自分に向いている事に気づいたカナメは、その手を握り握手を交わす。


「あ、はい。えーと、カナメです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む」

 

 二カッという擬音のなりそうな笑顔を浮かべたセベールはカナメの手を握り返し、すぐにパッと離す。


「さて、長い話も嫌がられるだろうから本題に入ろうと思うのだが……いいかな?」

「え、ええ」


 明らかにカナメを見ながら話をするセベールにカナメはそう頷き、その答えを受けてセベールは満足そうに頷く。


「実は君達が受けているシュルト神官の護衛依頼の事で、ね」


 セベールの言葉に、アリサとエリーゼが警戒したような雰囲気を纏う。

 民間の仕事に対し騎士団が文句をつけてくるのは、別に今日に始まったことではない。

 しかし護衛依頼……しかも現在離れている対象の事でわざわざ口出ししてくるというのは、どうにも只事ではない。


「……確かにシュルトさんの護衛依頼は受けていますが。それが何か?」


 アリサの警戒感の滲んだ言葉に、セベールは軽く両手をあげて「おっと」と声をあげる。


「何か勘違いさせてしまったかな。別にキャンセルしろとか、そういう話ではないんだ」

「……では、何を?」

「うん。その前に誤解させないように言っておくと、君達の上前をはねようとか……そういう話でもない。君達は何か恩を感じる必要もないし、気を使う必要もない」


 どうにも遠回しなセベールの説明に、カナメも嫌な予感が浮かんでくる。

 よく分からないが、何かを押し付けようとしている雰囲気だ。

 だが、それが何かが分からない。


「丁度ミーズの町に伝令を出す用事があってね。儀式を色々とやってくださったシュルト神官へのお礼も兼ねて、騎士団から君達に何人か同行させることになった」

「えっ」


 驚いたような顔をするアリサだが、その心中は「うわあ……いらねえ……」である。

 気を使う必要がないと言われたところで気を使わないわけにはいかないし、むしろ「うっかり死んだ」などということがないように細心の注意を払わなければ無用の恨みを買う恐れすらある。

 正直に「いらないです」と言いたいが、これだけ善意を前面に押し出されるとそれも言いにくい。

 しかも「シュルトへのお礼」というところがポイントである。

 つまりシュルトはすでに承諾済なのだろうし、もう決定事項として伝えられている。

 すでにアリサ達には、断る選択がないのだ。


「……それは、ありがとうございます」

「はは、だから気にする必要はないと言っただろう。それに、個人的に気になる報告もあったしな」

「気になる……?」


 カナメが思わずそう聞き返すと、セベールは「うむ」と頷く。


「魔法を使う邪妖精イヴィルズ……中級邪妖精ミルズ・イヴィルズと思われる個体の話は、シュルト神官から聞いている。だが、君達は姿を確認したわけではない。そうだな?」

「え、ええ。それが何か……」

「……これは私が個人的に王都から来た冒険者を招いた時に聞いた話なのだがね」


 そう言うと、セベールは声を潜める。


中級邪妖精ミルズ・イヴィルズ自体はその存在を確認されている。邪妖精イヴィルズが少し大きくなったような姿らしいが……それでも、戦闘方法は邪妖精イヴィルズ……いや、下級邪妖精デルム・イヴィルズと似たり寄ったりらしい」

「それって」

「ああ」


 カナメの言葉に、セベールは頷き答える。


「王都近くのダンジョンですら確認されていない新種の可能性が高い。流石に上級邪妖精セラト・イヴィルズではないと思うが……念には念を入れて、ということでもある」

「その可能性も視野に入れている、ということですね?」


 アリサの言葉にセベールは少しの間黙り込み……「君は聡いな」と苦笑する。


「ドラゴンが出現した件は報告を受けている。それと同等のものが出てきてもおかしくはない……と考えて臨まねば、蹴散らされるのは我々になるだろう」

「……最悪の事態を想定している、ということですわね」

「そういうことだ。すでに帝国にも早馬が向かっている。不名誉極まりない事にはなるかもしれんが、この事態は近いうちに確実に収まるだろう」


 エリーゼにセベールはそう答えるが、これはとても驚くべき言葉ではあった。

 つまり、帝国の騎士団に協力を要請した……ということだろう。

 王国としては大恥もいいところだろうが、それも仕方ないと王都が判断したということでもある。

 ……となると、あのままアリサが捕まっていれば……下手をすると王都まで連行されて大々的に処刑されていた恐れすらあった。


「そ、そうですか……」

「ああ。この事態を引き起こした犯人はすでに捕らえたが、それで済む問題でもない」


 やはりプシェル村の村長は捕らえられたようだ。

 悪運は強そうだったが、まあこれ以上逃げ切れるものでもないだろう。

 すでにあまり覚えていない顔をカナメはぼんやり思い出し、しかしすぐにその思考を打ち切る。


「さて、邪魔したな。集合時間と場所はシュルト神官から聞いている。こちらも間に合わせよう」


 そう言って去っていくセベールを見送り……その姿が見えなくなったところで、アリサは腰を下ろして深い溜息をつく。


「……面倒な事になったなあ」

「え、でも護衛が楽になったんじゃないか?」


 疑問符を浮かべるカナメに、アリサは暖かい笑みを浮かべてカナメを見る。


「な……なんだよ」

「すぐに分かるよ」


 アリサはそう答えると、干し芋をカナメに差し出すのだった。

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