宿場町にて4

 食事も終われば、あと残るは寝る事だけである。

 ……といっても布団やら寝袋やらを持ち込んでいるわけではないので、マントが寝具代わりだ。


「こういう時ってあれだろ? 一人が見張りとか」

「普通はそうだけど、必要ないよ」


 アリサはそう言うと、先程からひっきりなしに通り過ぎていく騎士達を示してみせる。


「見張りをする意味っていうのは襲撃の警戒だからね。彼等がいる限りそれはないし、こそ泥がテントの中に踏み込もうとするなら私が間違いなく目覚めるから。まあ、それもないとは思うけど」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。彼等の面子は安くないし、今すっごいピリピリしてる。不審者がいたら、絶対逃がさないと思う」


 ……なるほど、言われてみれば騎士達の動きは規則的で「伝令」というよりは「巡回」といったほうがしっくりくる。

 夜という時間もあって、見逃しのないようにくまなく見回っているのであろうことがカナメにも予想できた。


「……そっか」


 カナメがなんとなく納得してそう頷くと、アリサは「うん」と言ってカナメをテントの中にぐいと押し込む。


「分かったら、さっさと寝る。明日も早いよ」

「ちょ、ちょっと押すなって」


 テントの中にぐいと押し込まれると、そこには三人分の荷物袋が並べるように押し込まれ……左端のほうに、エリーゼがちょこんと座っているのが見える。

 じっとカナメを見るその視線に、「そういえばそうだった」などと固まるカナメだが……その背後から入ってきたアリサが早々に右端に陣取ってしまう。


「え、ちょ」

「じゃ、おやすみー」


 そのまま荷物袋を枕にしてゴロンと寝転がるアリサは止める間もなく寝息を立てはじめ、カナメはオロオロしながらもなんとか二人の真ん中に座り込む。


「……えーと。なんかすごいね、アリサ」

「こういうのは冒険者の必須スキルらしいですわよ」


 いつでもどこでも寝られる。まあ、確かに必須のスキルなのだろう。

 今この場でだけはカナメもそれが欲しかったが……まあ、とやかく言っても仕方がない。

 カナメもアリサの真似をして寝っ転がろうとするが……枕になるように並べてある荷物袋はスペースの関係上二つで、もう一つは邪魔だとばかりに別の場所に転がしてある。

 つまり、いま寝息を立てているアリサかこちらをじっと見ているエリーゼのどちらかと同じ荷物袋を枕にするわけで……そんなどうでもいいことをなんとなくカナメは意識してしまう。


「あー、えいっ」


 無駄に気合を入れて寝転がると、カナメはごつごつした地面の感触と分厚いマントの感触の両方を感じて身をよじる。

 宿のベッドも素晴らしく快適というわけではなかったが、これと比べれば大分マシだろう。


「……うーん。だからマントが分厚かったのか」

「旅の間の寝具代わりですもの。少しでも良いものがいいとされますわ」

「なるほどなあ」


 雑談に気持ちもほぐれたのか、エリーゼもカナメと同じように寝転がり、くすくすと笑う。


「……本当に何も知らないのですね。同じくらいの年に見えるのに、不思議な気分ですわ」

「うっ、そりゃまあ……野営の経験なんてなかったし」

「あら、すると「旅」自体の経験はございますの?」

「こういう歩きでの旅じゃなかったけどね」


 電車だの飛行機だのに乗り、ホテルに泊まる。

 そういう「しっかりと安全も交通の手段も確保された」旅である。

 エリーゼ達からしてみれば、「旅」と呼んでいいのかも分からないだろうとカナメは思う。

 ……が、エリーゼはそこまでの想像を当然ながらできたわけではなく、成程と頷いてみせる。


「馬車の旅ですか。私もハインツと行動していた時はそうでしたわ。でもアレは整備された街道しか行けませんし、何かと不便もありますのよ」

「え、あ、ああ。そういえばハインツさんって何でも出来そうだよな」

「完璧とはああいう奴の事を言うのですわ」


 エリーゼは自慢げにそう言うと、はっとしたようにカナメを見て「でもカナメ様のほうが素敵でしてよ」などと言ってみせる。


「あ、ありがとう」


 エリーゼにそう答えると、カナメは再び落ち着かない気分になってきて話題を探し……「そういえば」と呟く。


「この宿場町っていうの、意外と近い距離にあるんだな。もうちょっと先にあるかと思ってたよ」

「そうでもないですわよ。ミーズからしてみれば距離が離れているわけですし。大きな町寄りになった……というだけの話ですもの」


 つまり、この先に宿場町はないということなのだろう。

 

「そっか。でも俺、なんとなくこういうのも無くて、ずっと野宿な気がしてたから」

「街道以外を行けばそうなりますわ。ですが街道は人の手が入り、必ず多数の人が通る場所ですもの。こうした場所が出来るのは自然の論理でしてよ」


 安心できる休憩場所を人が求めるのならば、それをビジネスチャンスと捉える者がいるのは当然の事。

 宿場町の始まりが何処であったのかはエリーゼも知らないが、すでに遥か昔には宿場町というものは根付いていた。

 といっても全ての道に宿場町があるわけではなく、レシェドの街という比較的大きな街があるからこその宿場町ともいえる。


「……そっか」


 何か納得できたような気がして、カナメは身をよじる。

 いまだ眠気は来ず、目を閉じてみても眠れそうにはない。


「……」

「眠れませんの?」

「ん、ああ」


 カナメがそう答えると、隣からごそごそと動く気配が伝わってきて……何かがトン、とカナメの肩にぶつかる。


「……なら、眠くなられるまでもう少し。私とお話しましょう?」

「え、いや、でも。俺話題とかそんなに……」

「なんでもいいのですわ。夜明けと共に忘れるような……そんな、なんでもない話をしましょう?」


 悪戯っぽく笑うエリーゼは、吐息のあたるような距離まで寄ってきていて……「逆に眠れなくなりそうだ」などと考えていたカナメは、しかし。気が付くとぐっすりと寝てしまっていたのだった。

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