宿場町にて2

 干し肉を刻み、多少の塩と一緒にたっぷりの水の入った鍋に入れる。

 野菜があれば尚良いが、生野菜などは旅には向かない。

 本来であれば宿場町で野菜くずなどを手に入れられるのだが、今回はこういう状況なのでそれも無理だ。

 ……なので、具は刻んだ干し肉と少しの干し豆。そのままでは硬い干し肉もしっかり煮込めば美味しいスープの出汁であり、具である。

 そこに少し薄めに切った硬いパンを添えて、出来上がりだ。


「じゃ、いただきます……っと」

「あ、カナメ。パンはそうじゃないよ」


 とりあえずパンを一口齧ろうとしたカナメをアリサが押しとどめ、目の前でスープにひたしてみせる。


「固焼きだし……それに、そのままだとあんまり美味しくないよ?」

「保存優先だから仕方ありませんわね」


 手慣れた様子でエリーゼはパンをスープにひたし、口に含み咀嚼する。

 カナメもそれを真似してスープでふやかしたパンを齧ってみる。

 しっかりと味のしみ込んだそれは決して手放しで美味しいとは言えるようなものではないが……何処か満足感のある不思議な一口であった。


「……うん、いいな」

「そう? ならよかった」


 アリサはそう言うと自分もパンを咀嚼し……飲み込むと、辺りを見回してから「そういえば」と切り出す。


「カナメの見たっていうアレの件だけど。実際どうする?」

「どうする……って?」

「言葉通りだよ」


 スープの中の肉を数度噛んで飲み込むと、アリサはカナメをじっと見つめる。


「カナメの言ったことから判断するに、ミーズではロクでもない事が起こる。私は正直、それを防ぐ手段は思い浮かばない」


 このままミーズの町に行けば、それに巻き込まれる事は避けられない。

 折角死の運命から助けたシュルトも、結局それで死んでしまうかもしれない。

 ミーズの町の「終わり」は、避けられないかもしれない。

 それどころか、カナメ達自身が死んでしまう可能性だって大きい。

 それが分かっているのか。そういう意味を込めた問いかけに、カナメもまたアリサを見つめ返す。


「……たぶん、なんだけど」

「うん」

「無限回廊が示した「どうにかするべき未来」は、たぶんシュルトさんじゃない。あ、いや。勿論助けるべきなんだけど……」


 これは、昨日の夜からカナメが考えていたことだ。

 無限回廊で見た「悲劇」は大きく分ければ三つ。

 シュルトの死。

 それによる復讐。

 ミーズと思われる町の終わり。

 このうち、「復讐」はシュルトの死の回避によって「回避」できたと考えていいはずだ。

 だがカナメの頭によぎったのは、この世界に来るときに見た無限回廊の光景だった。


 ドラゴンとカナメの間に立ち塞がるアリサと、鮮烈な赤。

 その光景を回避する為にカナメはカナメなりの努力をしたが、結局ドラゴンと相対し……アリサを助けられたということ以外は、ほとんど見た光景そのままであった。

 もしアレが「アリサを救え」という意味であったのなら……今回「どうにかするべきもの」は何なのか。

 カナメは先ほどあげた三つ全てがそうであると最初思っていたのだが、どうにもそうではない気がする。

 この三つに繋がっているもの。それはたった一人の人物……「あの少女」に集約される。

 シュルトの死も、復讐も、ミーズの町も……全て「あの少女」に関わる出来事だ。

 つまりカナメが目指すべきは。


「あの女の人を救う。それが無限回廊が示したことなんじゃないかって……そう思うんだ」

「……まあ、その意見は否定しないけど。正直に言えば、あんまりその女には関わりたくないなあ」

「カナメ様の言葉に異を唱えるわけではありませんが、同感ですわね」


 頷きあうアリサとエリーゼにカナメは思わず「え、なんで?」と疑問を口にする。

 確かに復讐のことを考えても相当実力はありそうだが、アリサもエリーゼもそれぞれ一般人とは言い難い戦闘力を持っているはずだ。


「うーん、なんて言えばいいのかな。その女って、「緑色」の神官服を着てたんだよね?」

「あ、ああ」

「たぶんソイツ、神官騎士。しかもレクスオール神殿の神官騎士だよ。関わりたく無さではトップクラス」


 嫌そうに手をパタパタと振るアリサにカナメは疑問符を浮かべ、隣に座るエリーゼに答えを求めるように視線を向ける。


「えーと、ですね。神官騎士というのは簡単にご説明するなら武装した神官なのですが……基本的には騎士を更に堅苦しくしたような者が多いのです」


 そもそも神官自体が禁欲だの礼節だのとそういうお題目を大事にする職業であるが、そこに騎士道をプラスした神官騎士は「歩く聖典」と揶揄される程の堅苦しさと真面目さを併せ持つ性格に仕上がっていることが多い……のだが。


「レクスオール神殿は、少々特殊でして。その、争い事に少々理解が……えーと、まあ、ありまして」


 平たく言うと戦いの神であるアルハザール神殿並に「戦うこと」に理解がある。


「あのシュルトという神官が持っていた盾はご覧になったでしょう?」

「え? あ、ああ。なんか身分証明みたいな扱いだったけど」

「身分証明なのです。レクスオール神殿の神官は皆、盾を授かります」

「……なんで?」


 当然の疑問にエリーゼはそっと視線を逸らし……アリサは、カナメの背負った黄金の弓をすっと指差した。


「レクスオールが弓神だからだよ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る