宿場町にて

 シュルトと一時的に別れて数分後、アリサは宿場町の中央辺りに位置する小さな空き空間を確保するとさっさとテントを張り始める。

 宿場町といっても通り沿いにギッシリと宿が並んでいるというわけではなく宿と宿の間にはかなりのスペースがあり、こうしてテントを張る余裕も存在している。

 そしてそれは、アリサによれば普通の事であるらしかった。


「だってほら、旅する人全員がお財布に余裕あるわけじゃないしね。でも、そういう人を無下に放り出すよりも壁の中で野営させてあげたほうが、「次は泊まろうか」という気にもさせられるわけだ」

「ああ、ある程度の安全を提供して恩売ってるわけだ」

「そういうこと。安全はタダじゃないから。実際、野営程隙の出来る時はないしね」


 盗賊、モンスター、野生の獣……外に危険は叩き売りする程に存在する。

 そうした存在に対し壁は心理的な安全をもたらし、実際申し訳程度ではあるが宿場町の自警団という存在がそれを加速させる。

 宿場町の宿屋も野宿客の為に食堂での食事の販売も行っているわけだが、野宿では作りにくい類の食事の提供も「宿場町までは頑張ろう」という気力を旅人に与え、結果的に売り上げに繋がる。

 そうした商売チャンスを逃さない宿場町の人達のやり方が下手をすれば盗賊団の格好の標的になりそうな宿場町を「武装した旅人の大集団」という偶然の武力により守るやり方にも繋がっている。

 もし宿場町が足元を見るようなごうつくばりの群れであったならば旅人は余程の事情が無ければ通り過ぎてしまうし、宿場町という文化もこうして根付かなかっただろう。


「で、今は食事も買えないし中に泊まれもしないけど、騎士団が有り難くもタダで守ってくれてるわけだ」

「お風呂も入れませんわね」

「馬車の旅じゃあるまいし、そんなもの用意できないよ」


 鍋に刻んだ干し肉を入れていたエリーゼにアリサがそう答えるが、そこでカナメは首を傾げる。


「……馬車だと入れるのか?」


 まさか馬車にお風呂機能があるというわけでもないだろう。

 いや、あるのだろうか?

 キャンピングカーじみた馬車を想像していたカナメだったが、エリーゼがその妄想を打ち砕く。


「馬車だから、というよりは馬車だとお風呂になるモノを積めるからですわね。水場がないと中々使えませんわよ」

「水場……」


 なるほど、確かに風呂には大量の水を使用する。

 要達が持っている水袋の水程度でどうにかなるものではないし、そんなものを風呂に使用するのは愚かの極みだろう。


「魔法で水って、出せないものなのか?」

「出せますわよ」


 アッサリと答えるエリーゼに、カナメは思わずスープをかき混ぜていた手を止めてエリーゼを凝視する。


「……え、出せるのか?」

「出せますわよ」

「じゃあこの鍋の水、井戸から汲んでくる必要なかったんじゃ」


 結構重かったんだぞとカナメはエリーゼをじっと見るが、エリーゼは軽く肩をすくめてみせる。


「魔力は何より重要ですわ。水のような「頑張れば用意できるもの」の為に魔力を使うのは非合理的ですわよ」


 何しろ、飲み水に関しては浄化の水袋があるのだ。

 その水の為に魔力を使うことで、後々必要な魔法が一つ使えなくなるかもしれない。

 そう考えた時、「魔法で水を作る」などというのは自然と選択から外れてしまう。

 ……もっとも「それしかない」という緊急事態にはこれ以上ないくらいに重宝されるが、それはそれだ。


「まあ……水の魔法だって才能が必要だし、誰にでも使えるってわけじゃないからね。つーか私は使えない」

「え、そうなのか?」

「何、その意外そうな顔」

「あ、いや」


 なんとなくアリサなら使えそうな気がした、とは言えずにカナメは目をそらす。

 だがテントをしっかり固定し終わったアリサはカナメが視線をそらした先に回り込むと、その額を指で突く。


「ま、使えたとしても私もエリーゼと同意見だけどね。何より魔力の温存は重要。これは基本だよ」

「……分かった」

「でも温存しすぎて使わないのも問題外。この辺りは経験かな」


 一度限界まで魔法を使ってぶっ倒れてみるのも経験かもね、などとアリサは笑いながら荷物をテントの中に放り込んでいく。


「……あ」

「ん?」

「どうしましたの?」


 カナメのあげた声にアリサとエリーゼが反応し、カナメの視線の先……テントへと二人は視線を向ける。


「どっか変だった? しっかり固定したつもりだけど」

「私もテントは詳しくありませんけど、普通に見えますわよ?」


 立ち上がってテントを確認し始める二人に、カナメは慌てて「違う」と言って手をバタバタと振る。


「いや、そうじゃなくて。俺もテントどうにかしないとって」


 カナメの言葉にアリサとエリーゼは顔を見合わせ……アリサは首を傾げ、エリーゼは口元を手で覆って「まあ」と顔を赤くする。


「そ、それもそうかもしれませんわね」

「え、なんで? 一つでいいじゃない」


 アリサの「本気で分からない」という風の言葉にカナメはちょっとだけ悲しい気分になるが、コホンと咳払いをする。


「えーと、ほら。一応俺男だし。女の子と一緒のテントってのは、その」

「信用してるよ?」

「え」

「だから、信用してるから問題ないよ。むしろカナメを一人で放置する方が怖いかな」


 なんか知らないうちにどうにかなってそう、と失礼なことを言うアリサにエリーゼまでもが何とも言えない顔で苦笑する。

 ……が、そこでエリーゼはハッとしたようにカナメに駆け寄り手を握る。


「勿論、私もカナメ様の事は信用してましてよ? ただ、その。カナメ様の紳士的な心意気をですね」

「じゃ、問題ないってことで。夕食にしよっか」


 ぐつぐつと音を立てる鍋の中では刻まれた干し肉が煮込まれ良い匂いを出し始めており……アリサはパンを取り出し、切り分け始めるのだった。

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