ミーズの町までの護衛4

「あー……でも、あれは……」


 宿場町を囲む壁は街道を挟むようにできている都合上、門は設置されていない。

 これは常に誰かが通る街道沿いにあるからというのもあるが、単純に「壁がある」という安心をもたらす為のものだとも言われている。

 まあ、その真実はさておき宿場町に泊まるのは旅の途中の商人や護衛……つまりは武装をしっかりと備えた者達であり、夜闇に紛れて襲おうとした盗賊団が返り討ちにあったという冗談のような話も残っていたりする。

 そんな宿場町への入り口に、完全武装の見張りが二人立っているのが見えた。

 どう控え目に見ても騎士だが……そんなものが立っているとなると、すでに「徴発」されている可能性が充分にあった。


「……えーと。どうもすでに徴発されてるっぽいです。行きましょう」


 アリサの少しばかり嫌そうな声にシュルトは首を傾げ、カナメとエリーゼは適当な愛想笑いで誤魔化す。

 関わりたくない……トラウマになりかねないような目にあったのだから仕方ない反応だが、アリサなりにプロ根性でそれを隠しているのがよく分かったからだ。

 

「あの手の人達の相手は得意ですわよ。私が先頭になりましょうか?」

「んー……いや、フォーメーションは崩さず行こう」


 エリーゼのフォローもそんなプロ根性でアリサは断り、気合を入れた足取りで進んでいく。


「えーと、カナメ君。彼女は何か騎士に思うところが?」

「ハハハ、えーと。誰にでも苦手なものってありますから」

「ああ、分かります。僕も妹が苦手でして」


 妹、と聞いてカナメは「無限回廊で見た少女だろうか……」などと考えるが、それを目の前のシュルトに確かめるわけにもいかない。


「妹さんですか。妹さんも神官だったり?」

「んー。まあ、そのような」

「そこで止まれ!」


 何かを言いかけたシュルトの言葉は、張り上げられた声によって遮られてしまう。

 少しくぐもったその声は、アリサの目の前で槍を交差させる騎士達によって出されたものらしい。


「あー……私達はこの先のミーズまで行く最中なんですが」

「フン、冒険者か。この宿場町は現在我等シュネイル男爵騎士団により徴発されている。通行は許可するが、怪しい行動をしないように充分に気を払え」

 

 訓練された動きで槍をどかす騎士達に、アリサは困ったように頬を掻く。

 どうにも予想以上にピリピリしている。

 泊まる為に来ているのに、この様子ではそんな事を言っても却下されそうな雰囲気だ。

 だがそれでも、一応言わねばならない。


「護衛依頼の最中なんです。この宿場町を当てに行動していましたので、何処か空いている部屋を貸していただければと」

「厚かましいぞ、冒険者。そんなものを一々受け入れている余裕はない。壁の内側にいるのは許可してやるから、野営しろ。準備くらいあるのだろう」


 却下しつつも一応の温情を含んだ返答に、アリサは思わず言葉に詰まる。

 確かに来る者全てを受け入れている余裕などないのは当たり前だ。

 徴発している以上現在の宿場町の施設管理権は騎士団にあるが、同時に施設の適切な利用も徴発を行った騎士団の義務である。

 必要だから徴発を行っているのであって旅人の受け入れは騎士団の任務ではないし、そんなものにかまけていては本来の任務が果たせない恐れもある。

 現在そうでなくても「そうなる恐れがある」というだけで、騎士団にはその可能性を排除する責務が生じるのだ。

 だがそれでも「壁の内側の滞在許可」によって、騎士が防御任務を行っている空間という「安全な場所」の提供をもしている。

 これは充分すぎるほどの温情であり、これ以上を望むのは騎士の言葉通りに「厚かましい」要望となってしまう。

 つまりアリサに出来るのは「分かりました」と「お世話になります」という二つの言葉を言うことだけなのだが……そこで、シュルトがひょいと前に進み出る。


「そう言わないでくださいよ。こんなに大きな宿場町なんですし、ちょっとくらい余ってる部屋とかないんですか?」

「そういう問題ではない。あまり文句が多いようなら今すぐ……ん?」


 だがそこで騎士達はシュルトのマントの下の格好に気づいたらしく無言で顔を見合わせ、再びシュルトへと向き直る。


「……失礼を承知で伺うが、貴方はレクスオールの神官か?」

「ああ、はい。レクスオールにお仕えする神官の、シュルトと申します。神殿の命による旅の最中でございます」

「証明するものはお持ちか」


 騎士の問いかけにシュルトは腕につけていた盾を見せ……それをじっと見ていた騎士達は、再度顔を見合わせる。


「神官殿。貴方は儀式を執り行う資格は……」

「ヴェラール神殿式でやれと言われても困りますが、我々の様式で良いのであれば」

「……少々お待ちを」


 騎士の一人は近くを走っていた軽装の青年に声をかけ呼ぶと、その耳元で何かを囁く。

 すると青年は驚いたようにシュルトを見て……慌てたように何処かへ走っていく。


「大変失礼いたしました、神官殿。最終的には上の判断になりますが、貴方の分の今夜の宿はご用意できるかもしれません」

「あー、えっと。私達護衛なんですが」

「我々がいるこの場で何から護衛するつもりだ。今のうちに神官殿と明日の集合の相談でもしておけ」


 事情は分からないが、とりあえずシュルトだけは宿を確保できたようだ。

 アリサはこれ以上の交渉は無理と判断すると、心の中だけで溜息をつく。


「……ではシュルトさん。明日の日の出の頃に、反対側の入口の前にて」

「はい、分かりました」


 これも身分格差というものなのだろうか。

 カナメは目の前の光景を見て、そんな事を考えるのだった。

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