ミーズの町までの護衛3
最初の襲撃からしばらくたっても「次の襲撃」は発生せず、しかし気を抜くことは出来ない。
アリサもエリーゼもカナメも、互いに互いの死角を補おうとするかのように周囲に気を張り……しかしシュルトとしては、そんなピリピリとした雰囲気がどうにも耐えられない。
話題を探すように空中で指を振り……思いついたように咳払いなどをして話し始める。
「しかしまあ、あんな魔法を使うモンスターが森に潜んでいるとは……決壊の話はどうやら真実のようですね」
「あら、信じてなかったんですか?」
アリサが冗談交じりに言うと、シュルトは困ったように頬を掻いて苦笑いする。
「あ、あはは。いやあ、ダンジョンの決壊なんてそう簡単に信じられませんよ。一体どうしてそんな事が起こったのやら」
まあ、確かにダンジョン決壊は国を揺るがす一大事。
それに繋がるダンジョン隠蔽を行い、実際に決壊が起こったともなれば歴史書に載るレベルの大犯罪である。
神殿の教えを人生の指標として生きる神官に、そんなことをする心理が理解できるはずもない。
だが、アリサには理解できないこともない。
「自分だけはバレないって思ってるからですよ」
そう、それは何処にでも、誰にでも発生しうる心理だ。
このくらいならバレない。
自分は上手くやれる。
そうした根拠のないものを確かな根拠と信じ込み、やってしまう者がいるのだ。
「これさえ守れば」というものはソレを守れなければ崩壊するというのに、どうしてか「自分なら出来る」と信じ込んでしまう。
自分信仰とでも呼ぶべき愚かさだが、本当に誰にでも発生しうる心理なのだ。
そして大体の場合、それは「やれば出来る」という前向きな言葉や「やらなきゃ一生何も変わらない」という華麗な言葉に姿を変え現れる。
やらなければ「何も出来ない」のも「何も変わらない」のも事実だが、当然「やってもできない」ことや「やることでより悪くなる」リスクを考慮できないようであれば単なる夢見人でしかない。
そして大体、そういう者は「リスクを考慮できない」か「忘れ去ってしまう」タイプなのだ。
「なるほど。確かにそういう面はあるのでしょうね」
「そういう面、ですか」
「ええ。たとえば破壊神ゼルフェクトの悪しき魔力が人の心に影響を及ぼし囁くのだ……と語る方もいらっしゃいます」
「……まあ、それについてはとやかく言いませんが」
シュルト自身本気で言っているわけではないようだが、アリサとしてはそれを否定する気もないし否定する理由もない。
「しかし、本当に恐ろしい事です。まさか、そんな」
「ギイエエエエエ!」
「エリーゼ、カナメ!」
「お任せですわ!」
森の中から飛び出し棍棒を振りかざしながら走ってくる
「
エリーゼの放った無数の氷の礫は冷たい風を伴いながら飛翔し、
「ゲギャアア!?」
「ギイ、ゲアア!」
悲鳴をあげながら倒れていく
「凄いな、エリーゼ」
「まあ、カナメ様ったら。この程度なら嗜みですわよ」
「いやいや、実際凄いですよ。僕なんか一瞬で惨殺死体になっちゃいそうです」
笑いながら会話に入ってくるシュルトにエリーゼは「まあ、ご冗談を」などと返しているが、邪魔されて不満そうな雰囲気は隠しきれていない。
しかしそんなエリーゼの様子を全く気にせずシュルトは持っていた盾を再び腕に装着し……アリサの合図で、再び一行は歩き出す。
「……今度は魔法使ってこなかったな」
「ああ、そういえば確かに! いやあ、
カナメの呟きをシュルトが拾い、ポンと手を叩く。
別にシュルトに話しかけたわけでもない単なる疑問だったのだが、余程話すのが好きなのだろう。
明らかに反応待ちなシュルトの様子に、アリサは内心で溜息をつきながらも答える。
「あくまで一般常識でいえば、
「ほうほう。その辺りの知識は私、ないんですよねえ。階級?」
あくまで人類側の勝手な区分ではあるのだが、モンスターには幾つかの階級がある。
階級が一つ違えば見た目も強さも能力すらも大きく変わると言われており、その知識の有無はダンジョンに挑戦する冒険者の生死に直結する。
故に新しいモンスターの情報は常に高値で取引され、あるいは既存のモンスターの新情報を目当てにダンジョンに潜る冒険者というものも存在する。
「恐らく先ほどの
「ハハハ、それじゃ情報として売り物にならないかもですねえ」
「実際なりません。売り物になるのは確定情報だけです」
「な、なんかゴメン」
「別に責めてないよ」
思わず謝ってしまうカナメにアリサはそんなフォローを返し、エリーゼが「またチャンスがありますわよ」などという応援をしてくれる。
「まあ、あんなのに護衛の時に出てほしいとは思わないけど……っと。見えてきましたね」
「ああ、宿場町ですね!」
シュルトが嬉しそうな声をあげる先。
そこには炊事によるものと思われる煙と……木の壁に囲まれた、小さな町のようなものが見えていた。
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