神官シュルト4

 そして、朝。

 三つの鐘というのは要にはよく分からなかったのだが……一定以上の規模の町には鐘楼が建てられ、一日を十二に分けて鐘を鳴らしているらしい。

 つまり三つの鐘……または三の鐘と呼ばれるものはどうやら要の常識に当てはめれば午前六時頃……であるようだ。


「どおりで夜中にゴンゴンと煩いはずだよ……」

「あはは。大きい音は弱いモンスターも嫌がるし、不審者も気がそぞろになるからね。アレはアレで防犯の役にたってるらしいよ?」

「何より、慣れると鳴らないのが不安になりますわよ?」

「そんなもんかな」


 言ってはみたが、確かに時間の分かる指針があるというのはいいものだ。

 要的には文字盤と針のある時計があると更にいいのだが……まあ、それは望むべくもないだろう。

 

 まあ、そんなわけで二つの鐘で起こされた要はなんとか荷物を背負って「東の門」の前に来ているというわけだ。

 目の前にある門はまだ開いておらず、自警団員が暇そうにアクビをしているのが見える。


「まだ門開いてないんだなー」

「三つの鐘になったら開くよ……と。そうそう、カナメ。分かってるよね?」

「あ、ああ」


 昨日の夜。

 寝る前に要はアリサに「あのシュルトって人、一応気を付けといて」と忠告されていた。

 どういう意味かと問えば、「なんか引っかかる」という答えが返ってきた。

 アリサによれば「勘だけど、たぶん金貨三十枚って言ってもなんだかんだで了承したと思う」らしいのだが……要としてはシュルトはそこまで怪しい人には思えなかったので、どうにも危機感が出てこない。

 だがアリサが言うからには何かあるのだろうと要は気を引き締める。


「さて、と。そろそろ来るはずだけど……」


 キョロキョロと見回していたアリサだが、その視線を一点で止めて「ああ、あれだ」と呟く。

 その方向に要とエリーゼも視線を向けてみれば……なるほど、間違いなく「それ」であると分かる。


「……緑のマントって、すっげえ目立つんだな。いや、俺もそうだけどさ」

「私もそうだよ」


 一人だけ濃茶色のマントのエリーゼが少し寂しそうな顔をするが、ともかくそのシュルトと思われる人物は道の向こうから笑顔で手を振って歩いてくる。


「本当目立つなあ……遠くから見るとああなんだ」

「すぐに慣れるって。それに野外で行動する時には逆に目立たないよ?」


 そんな事を話していると、駆け寄ってきたシュルトから「やあやあ、おはようございます!」という元気な声がかけられる。


「いやあ、なんかお待たせしちゃったみたいで申し訳ありません」

「いえ、護衛対象より先に来るのは常識ですから」


 アリサがそう答えると、シュルトは「そうなんですか?」とビックリしたような声をあげる。


「僕、よく待たされちゃってますけど。あはは」

「……次からは、もっと護衛を選ぶ事をお勧めします」


 やはりただの危なっかしい人なのではないか……などと要は思い苦笑を浮かべるが、アリサがそういう冒険者とは違うという事実がなんとなく嬉しくなってくる。


「おや、カナメ君。何やら楽しそうですね」

「え? あ、そうですか?」


 慌てて顔を引き締める要だが、その瞬間に鐘楼の方角から鐘の音が鳴り響く。

 その数は、丁度三回。

 鳴り始めると同時に動き始めていた自警団員達が門を開き、早速門の向こうで待っていたらしい馬車達が入ってくる。

 まさか夜の間中待たされていたのかなあ……などと考える要だが、実はその通りで「馬車の侵入禁止時間」というものがあったりする。

 これは防犯上の理由や騒音の問題など色々あったりするのだが……そうした馬車達が一通り過ぎた後に、アリサは「じゃあ、出発しましょう」と声をかける。

 馬車があれば話が早いのだが、今回は徒歩の旅である為に「護衛依頼」ではフォーメーションを組んで護衛対象を守る必要が出てくる。

 具体的にはアリサが先頭。そこからシュルトを中心に三角形を描くように左後ろにエリーゼ。右後ろに要……という形だ。

 多少の不安はあるが、三人という人数で護衛をするにはこれが一番いい形である。

 何しろアリサの武器は剣であり、防具は荷物袋の中から取り出した小さな丸盾と、レシェドの街で新調した革鎧。

 そんなアリサが先頭を進むのは当然だが、エリーゼと要は明らかに後衛向きだ。

 一応エリーゼは金属製の胸部鎧を纏ってはいるが、実はこれは「薄く軽い」鎧であったりする。

 防具としての性能はやはり最低限だし、魔法士に前衛をやれというのは無茶が過ぎる。

 一方の要はアリサから借りたナイフがあるが、接近戦はド素人な上に弓を使った方が確実に強い。


 ……と、こう並べてみると背後から襲われたら弱いようにも思えるが、護衛対象はシュルト一人。大きな商隊を守るのでもなければ充分すぎる人数である。

 加えて、森を迂回するように整備された街道を行く三人を襲うには、それこそ見通しの悪い場所……すなわち森に潜む必要があるが、今の時期森に潜むのはまさに愚か者の所業でしかない。

 更に言えば森から出てきても距離がある為、要の矢とエリーゼの魔法のいい的でしかない。

 まあ、普段から森に潜みがちな盗賊はモンスターに襲われているか、とっくに逃げ出しているだろうが……そのモンスターこそが今回の護衛の難点でもある。


「さ、皆気を引き締めて。今日中に行けるとこまで行くけど、出来れば宿場町まで行きたいしね」


 街の門から出れば、そこは壁の防御という安心のない場所。

 要の初依頼である「シュルトの護衛」は、こうして始まったのだ。

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