ミーズの町までの護衛

 ……入ってくる人が多いから出る人が多いかといえば、意外とそうでもない。

 ミーズまでの道を歩いているのは要達だけであり、後に続く者も居なければ追い越していく馬車もいない。

 そして、ミーズ側から来る馬車や人もいない。どうやら門の前に居たのが最後のようだが……。

 

「やっぱり、影響出てるなあ……」

「あの危険度上昇って話ですか。確かにその噂を少しでも聞いたのであれば、優秀な護衛をつけなきゃ出発したくないでしょうからねえ」

「得しましたね、シュルトさん」


 アリサとシュルトの会話を聞きながら、要はなるほどと無言で頷く。

「ミーズから来る」人達については、ひょっとしたらダンジョン決壊については知らないかもしれない。

 しかしレシェドではアリサの最初の演技もあって、自警団と……ひょっとすると、その話を立ち聞きしていた人が「決壊」について知っている。

 たとえ自警団内部で緘口令が敷かれたとしても、秘められた話は広がるものだ。

 何しろ、騎士団長が「ああ」だったのだ。そこから広がっているという可能性も充分にあるし、この様子だとレシェドでは広がっていると考えていい。

 いや、そもそもギルド職員が広めてしまっているかもしれないが……ともかく、そうやって決壊の噂が広がれば同じように森に近い上に規模が小さく防備も薄くなるミーズに行こうという人も当然少なくなる。

 ミーズの町で噂が広がっているようなら、少しでも森から離れようという動きはあっても同じ森の近くのレシェドへ来ようという者も当然減る。

 その流れは、これからしばらくは続くだろう。

 

「……あんまり、いい流れじゃないなあ。予想より展開が早いかも」

「そうですわね。ひょっとすると宿場町も閉鎖されるかもしれませんわ」

「それって、あー……アレの影響……ってことだよな」


 決壊という単語を言っていいのか迷った要が誤魔化しながら言うと、アリサは「そうだね」と返す。


「決壊の話がもしミーズ側でも話題になってるなら……というか、この様子だとそれ以外ないと思うけど。そうなると宿場町は防備で不安しかないからね。真っ先に騎士団の通達で避難対象になるもの」

「へえ、そうなんですか」


 シュルトがそんな相槌を打つと、エリーゼが「ご存じなかったんですの?」と疑問符を浮かべる。


「いやあ。僕含め神官なんて、大抵は世間知らずの集まりですよ。だから旅を命じられるんですしね」

「命じられたんですか?」


 要が思わずそう聞くと、シュルトは大きく頷いてみせる。


「そうですよ、カナメ君。世間知らずに教えを説かれたって、そんな上っ面の言葉に重みを感じる人なんか居ないでしょう? こうしてあちこち旅して世界を知るのは、神官の義務みたいなもんなんです」

「へえー……」

「そんな事より宿場町の話ですよ。僕、アレって便利だなーとしか思ったことなかったんですけど」


 宿場町の話に食いつくシュルトに、アリサは「まあ、普通はそんな感じの認識ですけどね」と言いながら説明を始める。

 それは旅の退屈さを紛らわせる為のサービスでもあるし、同じ疑問を抱いているであろう要への説明も兼ねている。


 宿場町とは街道の途中に存在する文字通り「宿」を提供する町のことだが、これは人だけでなく馬などを安心して休ませたりする為の施設であり、国や各領地からある程度の補助金が出る場所でもある。

 これは騎士団が優先的に利用するからという理由からでもあるが、いざという時の拠点にする為でもある。

 そして今回の場合、「決壊が発生した森に近い宿場町」に一般人を置いておくのはあまりにもリスクが高い。

 そうなると、宿場町を騎士団命令で一時閉鎖。騎士団の臨時拠点の一つとして徴発するのが基本的な手順となるというわけだ。


「で、こうなると宿場町は騎士団の詰め所と同じです。場合が場合だから旅人が入れてくれって言えば入れてくれるし泊めてくれるでしょうけど、快適さは期待できませんね」

「なるほど。ですがまあ、騎士団がいるなら安心度では抜群ですね!」


 ハハハと笑うシュルトにアリサは「そういう考えもありますね」と返す。

 まあ、確かにその通りなのだが……アリサ個人としては騎士団にはしばらく関わりたくないという気持ちもある。

 まあ、そんな個人の気持ちなど仕事という義務の前では消し飛んでしまう。

 気を張る護衛の最中に安心できる場所があるのは、いい事ではあるからだ。

 騎士団は間違いなくこの辺りでは最強の武装集団だし、それが蹴散らされるような事態になれば混乱どころではすまない。

 ドラゴンも、そのドラゴンの肉を食ったかもしれない巨人も要が倒したというから、同等のモノは簡単には出てこないはずだが……それ以下のものであれば、まだダンジョンから出てくるだろう。

 その「数」によっては……万が一だって起こるかもしれない。

 要が無限回廊で見たものがミーズだからといって、宿場町でもそれが起こらないという保証はないのだ。

 いや、そもそも。これから向かおうとしているミーズでは、ほぼ確実に「町が堕ちる」レベルの襲撃がある。

 本音を言えば、そんな場所に向かいたくはない。ない、が……。


「……」


 そこで、アリサは思考を打ち切り周囲に視線を向ける。


「どうしましたの?」

「エリーゼ、索敵魔法。今一瞬だけど、なんか視線感じた」


 その言葉に要は即座に弓を構え、シュルトも腕につけていた丸盾を外して手に持ち直す。

 そして次の瞬間、エリーゼから波紋のように広がる魔力が放たれ……集中し眼前に掲げるように杖を構えていたエリーゼは「見つけましたわ」と呟く。


「数は三。小型の個体ですわね。森の中にいますわ」

「……邪妖精イヴィルズかな。弓持ちがいるかも。カナメ、見つけたら即撃って!」

「分かった!」


 森からこの街道までは、遠いという程ではないがそこそこの距離がある。

 邪妖精イヴィルズが扱える程度の弓の射程からは充分離れているし、それならば要の矢の方が早く届く。

 そんなアリサの計算は……しかし、森から高速で飛来する氷礫によって打ち砕かれた。

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