神官シュルト3
「……ず、随分と取りますね?」
確か自分には王国金貨三枚で提案していたな……などと思いながら、要は黙って状況を見守る。
こういうのはアリサが一番上手いだろうと分かっているからだが、エリーゼも同様に黙って要の側にぴたりとくっついて座っている。
「あのさ、エリーゼ」
「お静かに、カナメ様。交渉の邪魔になりますわ」
指を口の前に持っていき「静かに」と示すエリーゼに要はうっと呻いて黙り込み、エリーゼはそのまま離れる様子はない。
そんな二人を余所に、アリサはシュルトに指を振って「分かってませんね」と告げる。
「ご存じないかもしれませんが、この近辺……しかも森沿いの道は危険度が上昇しています。それに対応した護衛をしようと思えば、私達もある程度の無理と無茶をする必要がありますが……同時に、それを実施可能であるという意味でもあります」
「高い品質には見合う値段がつけられる。つまり、貴方が提示した値段に見合う実力を持っていると言いたいわけですね?」
同じ護衛の依頼でも、勝手も分からない新人冒険者とベテラン冒険者では当然後者の方が高い値段がつけられる。
それは差別とかではなく純粋たる区別であり、それだけの濃い内容を提供できるという証明でもある。
つまり、アリサの「強気な値段」は、それだけの仕事をしますよ……という売り込みでもあるということだ。
自信に満ちたアリサの表情はその売り込みの為の演技であるが、その経験に裏打ちされた「本物」の自信でもある。
「勿論高いと一蹴して他の冒険者を選んで頂いても結構です。ひょっとしたら、私達より良い冒険者を安く雇えるかもしれませんよ? ……もっとも、やはりダメだと引き返してきても、すでに私達はリョーカ山の遥か先へと行ってしまっているかもしれませんが」
「……よりによって、私にそのたとえ話をしますか。これは参りましたね」
苦笑するシュルトの様子に要は疑問符を浮かべ隣のエリーゼをちらりと見るが、エリーゼは「後で説明してあげますわ」と答えるだけだ。
「いいでしょう。ではその値段で貴方達に改めて護衛をお願いします。値段に相応しい働きを期待していますよ」
「ええ、シュルトさん。値段分の働きは必ずさせていただきます」
再びシュルトとアリサは握手を交わし……シュルトはそのまま、身を翻して扉の方へと歩いていく。
「それでは、明日の朝の……そうですね、三つの鐘が鳴る頃に東の門の前に」
「了解しました」
去っていくシュルトを見送り……宿を出ていくのを窓から確かめた後、アリサは「ふーん……」と呟きながら要の方へと振り向く。
「……で、なんでこの仕事受けたの? 説明してくれる?」
そういえば、アリサにはまだ何も説明していなかった。いや、エリーゼにもほとんど何も説明していない。
二人からしてみれば要の暴走にも等しい事に要は気づき「ごめん」と口にする。
「え、っと……「あの時」とは違うけど、無限回廊に行ってた。なんか夢の中みたいな感覚だったけど……その中で、あの人が殺されるのを見たんだ」
要達ではない別の冒険者による護衛と、裏切り。
その縁者と思われる誰かによる復讐と、何処かの知らない町の「最後」のこと。
「……あれは、此処じゃない町だった。煉瓦を壁に使ってるような……」
「ミーズの町じゃないかな。あそこ、煉瓦が名産みたいなものだし」
「可能性はありますわね。町一つが終わるような事態が、並大抵の事で引き起こされるとは思えませんし……ダンジョン決壊に関連する事態と考えるのが自然ですわ」
ミーズの町もまた森に近く……そして、森の中のプシェル村とは道で結ばれた町でもある。
「たぶん要の見たっていう光景から予測するに、シュルトさんの死と「町の終わり」の間にはそれなりの時間があるはず。短くて五日前後……ひょっとするともっと先かもしれないけど、一応最短期間で考えた方がいいね」
「そうですわね。そもそも今回の決壊に関してはすでにこの土地を治める男爵家が精鋭騎士団の準備をしているはず……掃討作戦が始まるまでの期間と考えるのがいいですわね」
ダンジョン決壊とは国の存続をも揺るがす一大事。それ故に初期のうちでの全力対処が義務付けられており、すでに王都への使者も全力で向かっている頃だろう。
男爵家の戦力で片が付けばそれでよし。そうでなくば、王国騎士団が国境近いこの地で戦うような事態になる。
それは、こんな場所での「決壊」を防げなかった王国の恥であり……男爵家が責められる可能性のある話だ。
男爵家は全力でこの事態に対処するだろうし、その作戦が始まった後に「モンスターによる町の襲撃」があるとは考え難い。
「でも逆に言えば、それまでの間にモンスターによる襲撃が起こるってことでもあるね。そしてたぶん、これは防げない」
辛辣な言い方だが、要にもそれは理解できる。
モンスターによるミーズの町への襲撃を防ぐつもりなら、森に入って片っ端からあふれ出たモンスターを倒すしかない。
しかし、それをするということはシュルトの護衛をしないということでもある。
時間的にいえば、両方とも行うことは不可能だからだ。
「でも、復讐を止めることは出来た。一応は、それで満足しておくべきじゃないかな?」
「……そう、だな」
納得できない部分はある。
だがまずは「復讐の未来」を防ぐ為、護衛に集中するしかない。
要は言葉にできない複雑な感情を秘めながら、頷いた。
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