神官シュルト2

 そして黒犬の尻尾亭に戻ってきた要達であったが、アリサはまだ戻ってきてはいなかった。

 要とハインツの部屋……今はカナメ一人となっている部屋に三人は集まり、要とエリーゼが一つのベッドに並んで座り、そしてシュルトがもう一つのベッドに腰かけて座る形となっている。


「アリサの足なら、もう戻ってきてるかと思ったけど……」

「カナメ様はアリサをなんだと思ってるんですの……?」


 要の中でアリサはそういう結構万能なイメージがあるのだが、勿論そんな超人ではない。

 街一つの門を全て回るというのは並大抵の事ではなく、巡回馬車だってこの時間では無い。

 流しの馬車を捕まえればある程度は短縮できるが、それでも相当の時間がかかるだろう。

 それを超えるとなれば……それこそ、魔法を使うしかない。


「まあ、アリサのことはいいですわ。カナメ様、結局そちらの神官は何処の何方ですの?」

「ああ、えっと……」

「レクスオール神に仕えております、シュルトと申します。この度は、カナメ君には依頼を受けていただけることになりまして」


 依頼、と聞いてエリーゼは「まさか」とカナメを見る。

 冒険者ギルド、依頼、そして神官。導き出される答えは、一つしかない。


「あの護衛依頼……受けてきたんですの?」

「あ、ああ。ちょっと事情があって」

「事情って……」


 言いかけて、エリーゼは「その事」に気づく。

 要が「事情」とぼかしてしまうような事情。

 この場で話せないような「理由」があるとすれば……「無限回廊」絡みしかない。

 となると、この場でこれ以上追及するわけにもいかない。


「……私はカナメ様が無事であるなら、それで構いませんわ」

「そ、そっか」

「問題があるとすれば、そちらの神官ですわね」

「僕ですか?」

「ええ、どうしてカナメ様を選んだのか……理解に苦しみますわ」

「あ、それはエリーゼ。なんか魔力が」

「カナメ様は黙ってらして。まさか旅の神官が護衛の選び方の基本を知らないとは言わせませんわよ」


 エリーゼに睨まれ、シュルトは肩をすくめてみせる。


「護衛を選ぶ時は、出来るだけ抑止力の強い者を選ぶべし、でしたか」


 護衛の役割とは、言うまでもなく雇い主を守る事だ。

 それは盗賊やモンスターを撃退して守る、ということだが……撃退する為の「戦闘」は、それ自体が雇い主を危険に晒す行為でもある。

 それ自体は仕方がないのだが、モンスターはともかく盗賊に言わせれば「襲われる方に隙がある」という理屈がある。

 とんでもない言葉だと切り捨てるには簡単だが、ここには盗賊に襲われない為の防御法も実は含まれている。


「すなわち「数」と「見た目」ですわ。貴方、カナメ様にそれがあると思ったんですの?」


 酷い言われようではあるが、要がゴツゴツマッチョな「如何にも」強そうな男かといえば、それは確かに違う。

 歴戦の戦士らしい風貌もないし、多数の仲間を率いるカリスマらしい風貌かといえば……要自身、自信はない。


「ははは。それはないですが、僕は「見た目」よりも実際の強さを重視してるんです。盗賊はともかく、モンスターは見た目なんかじゃ怯まないでしょう?」

「それとて、見ただけで判断できるとは思えませんが……まあ、いいですわ。カナメ様が依頼を受けてしまったなら、貴方は依頼主ですもの」

「おや、貴方はあまり冒険者には見えませんでしたが、そうなのですか?」


 シュルトの驚いたような言葉にエリーゼは無言でシュルトを睨み付け……その微妙な雰囲気をなんとかしようと要が口を開くその前に、部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。


「ぜえ……ぜふぁあ……い、いたあ……」

「あ、アリサ?」

「走ったんですの? なんて無茶を……」


 立ち上がりかけたエリーゼであったが、扉からふらふらと入ってきたアリサは要の両肩に手を置くと……そのまま、押し倒すようにベッドに倒れこむ。


「う、うわわっ!?」

「……よかった。一人で何処か……行くつもり、かと……」


 アリサの言葉に要は何も言えず、とっさにアリサを引きはがそうとしたエリーゼの手も止まる。

 本気で心配をかけてしまった。そして、本気で心配してくれた。

 その事実を強く感じた事による申し訳なさと、嬉しさ。

 感じる柔らかな感触と、伝わってくる熱い体温。

 熱く荒い息が、その熱を伝えるかのように要の顔をも赤くして。


「でやっ!」


 やはり我慢できなかったエリーゼがアリサを要の上から引きはがし、懐から小さなビンを取り出して中身をアリサの口の中に流し込む。

 何かの液体らしいそれをアリサがゴクンと飲み込むと、アリサの様子が目に見えて落ち着いてくるのが分かる。


「魔力薬ですか。躊躇なく使いますね」

「ふん、彼女がまともにならないと話になりませんもの」


 感心したように言うシュルトにエリーゼはそう返すが……やがて完全に息が整ったアリサが、ベッドからガバッと起き上がる。


「よし、回復っ! エリーゼ、後でお金は払うから」

「要りませんわ。それよりカナメ様が例の依頼を受けてきましてよ」

「例のって……あー」


 アリサはそこではじめて気づいたかのようにシュルトへ向き直り、ベッドから立ち上がり手を差し出す。


「どうも、ただのアリサです。別にリーダーとかじゃないですけど、一応こういう事は私が一番経験あります。よろしく」

「これはご丁寧に。レクスオール神に仕えております、シュルトと申します」


 アリサの差し出した手を握ったシュルトだが、次の瞬間……アリサが笑顔で放った言葉にその表情を凍らせる。


「確か此処からミーズの町までの護衛でしたね。おおよそ三日程ですので、金貨で二十枚。当然、障害の排除も込みです。如何ですか?」

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