神官シュルト

「……さて、と。このくらいでいいですかね」


 ある程度進んだ先……宿場通りに入った辺りで、シュルトは要の手をパッと離す。

 

「いやあ、助かりましたよ。彼等で妥協しなければならないかと思っていたところでしたからね」

「妥協って……」

「一度依頼として出した手前、貴方達では嫌だとは言い辛いですからね」


 そう言って笑うシュルトに、要は小さく溜息をつく。

 無限回廊では分からなかったが、なんというか……随分といい加減な性格にも思える。

 もしあのまま放っておけば「妥協」してああいうことになっていたのだろうから……正直、危なっかしいとしか言いようがない。


「いや、ていうか……ギルドに好みの人を伝えて紹介してもらうようにすればよかったんじゃ」

「可能ならばそうしたんですけどね。ここのギルドの方、稀にみるやる気無しの集団みたいで。仲介料よりも仕事したくないっていう意欲が勝ったみたいですね」


 実は要はその仲介料とかいうのも初耳だが、なるほどとわかったふりをして頷いておく。

 確かに随分とやる気が無さそうだったが、そんな売り上げを放棄してまで仕事をしたくないものだろうか?


「はあ、それはなんとも……」

「なんでも、今後忙しくなるみたいですよ。何か大きな仕事が始まる傾向があるとかで……」


 なるほど、ダンジョンの話はすでにギルド側にある程度伝わっているのだろう。

 それが騎士団から流された話なのか、騎士団の誰かが流してしまった話なのかは不明だが……まあ、要には関係のないことだ。


「えっと、それでシュルトさん」

「はい、なんでしょうカナメ君」

「こんなこと言うのもアレですけど、本当に俺でいいんですか?」


 乱入しておいて言う台詞ではないが、シュルトの決定はあまりにも即断過ぎた。

 正直、要のような経験のなさそうな者が乱入してきても仕事を頼もうと即断できる理由にはならないと要は思うのだが……シュルトは「なるほど」と頷くと、笑みを深くする。


「彼等全員を合わせたより、貴方の方が余程強い。それでは理由になりませんか?」

「……俺は、そんな」

「謙遜はいりませんよ。こう見えても僕は神官です。魔力を見るのは得意なんです」


 そう言うとシュルトは要の正面に立ち、その顔をじっと見つめる。

 要よりも身長の高いシュルトは要を笑顔のまま見下ろし、その頬に触れるか触れないかギリギリの距離に手を差し入れる。


「此処に来るまで相当走ったんですか? 貴方の身体を包む魔力が凄いことになっているのが分かります。貴方の適正が強化魔法なのかどうかまでは分かりませんが……うん、鍛えれば相当な戦士になれるんじゃないですか?」

「はは……鍛えれば、ですか」

「ええ。魔力の扱いはド素人のようですからね。何処か大きな街の魔法屋で基本コースを受けた方がいいと思いますよ」

「その辺はちょっと詳しくなくて……」


 要が適当に誤魔化すとシュルトはそうですかと適当に頷き、パンと手を叩く。


「ま、その辺りの話は今後幾らでもする機会があるでしょう。報酬ですが、経費は要相談で王国金貨三枚で如何ですか?」

「えっと」

「お待ちなさい!」

「ん?」

「あ」


 シュルトの背後、要から見れば正面の方向から、息を切らせたエリーゼが走ってくるのが見える。

 何やらひどくラフな格好だが、杖をしっかり持っている辺り実にアンバランスだ。

 そんなエリーゼは駆け寄ってくると要を抱きかかえ、挑むような目つきでシュルトを睨み付ける。


「この人は私のものですわよ!?」


 あまりにも唐突すぎるエリーゼの主張にシュルトはキョトンとした顔になり、要は思考停止しかけるが……かろうじて「えーと」という言葉を絞り出す。


「……あのさ、エリーゼ」

「心配いりませんわ、カナメ様。たかが神官の一人や二人」

「いや、そうじゃなくて。何処から話聞いてた?」


 要の問いにエリーゼは疑問符を浮かべると、「金貨三枚で如何、からですわ」と答える。


「カナメ様が慌てた様子で出て行ったと宿の者が慌てて起こしに来るものですから、何か悪い事に巻き込まれてはいやしないかと心配したんですのよ?」

「それでどうしてさっきの発言に……」

「あー、なるほど。僕がカナメ君を男娼として買おうとしていると誤解したのですね」

「げっ!」


 そんな想像をされていたということに気づき、要は思わずそんな声をあげる。

 いくらなんでもありえない。

 抗議の視線を要はエリーゼにぶつけるが、エリーゼはそんな要に正面から視線をぶつけ返してくる。


「カナメ様。夜の街はカナメ様の想像しておられる以上に危険と誘惑が多いのですわよ? ご自愛なさいまし」

「ああ、うん。それは分かった。分かったから、とりあえずそういうのじゃないし、離してくれるか?」


 言われて渋々といった様子でエリーゼが離れると、要はふうと息を吐き……そこで、ふと気付いたかのように周囲を見回す。


「そういえばアリサは?」

「街の外に出てないか全部の門を巡ってくると言ってましたわよ?」

「……とりあえず、宿戻ろうか。あ、えーとシュルトさんは」

「ご一緒しますよ。お仲間とも話をしないといけないようですし」


 そう言うと、シュルトはやわらかい笑みを浮かべ……エリーゼがそれを、胡散臭いものを見る目で見る。


「……何処でこんな胡散臭い男を拾ってきたんですの?」

「冒険者ギルド。ほら、とりあえず戻ろう」


 放っておけばずっとシュルトを睨んでいそうなエリーゼの背を押して、要は黒犬の尻尾亭へシュルトを連れて戻っていくのだった。

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