目覚め

「……っ!」


 真っ暗な部屋の中で、目を覚ます。

 慌てて辺りを見回しても暗い部屋の中には要一人しか居らず、慌てたように要は木窓に近寄り大きく開く。

 時間は分からないが……まだ真夜中。

 自警団らしき男達が明かりを手に巡回しているのが見えるが、ただそれだけ。

「町が終わり」になるような喧騒など何処にもないし、平和そうな光景が其処にはある。

 ……なら、アレはやはり。


「……未来の何処かの光景って、ことだよな」


 部屋の隅に立てかけてある黄金の弓は外から差し込んでくる光を照り返し光るが、アリサのピンチの時にやってきたような天啓が訪れたわけでもない。

 ……ない、が。ヒントは充分にあった。


「あの男は……アリサが蹴った奴だよな」


 鎖鎧の男。自業自得とはいえ、目の前であんなムゴい事になった相手を忘れられるはずも無い。

 他の二人の冒険者には見覚えが無いが、殺された男は……たぶんだが、護衛依頼を出していた神官本人だろう。

 となると、護衛依頼をあの冒険者達が受け……何らかの利益目当てに殺されたとみるのが自然だ。

 その次に出てきた少女は……これも想像になるが、神官の男の恋人か友人か……ひょっとすると家族かもしれない。

 男の死を知り、復讐を実施する……と、そこまでは想像がつく。

 問題はその「町」が何処で、何が起こるのかだ。

「町が終わり」になるような事態というと決壊だが……ここがそうなるというのだろうか?


「……いや、違うな」


 あの「町」の壁は、煉瓦だった。

 路地裏のようだったから何処かの建物の壁なのだろうが、このレシェドの街には煉瓦造りの建物など見当たらない。

 となると、この街以外の何処かで「それ」は起こるのだ。

 そしてその起点は、この街で護衛を募集している神官の死。


「……こうしてる場合じゃない!」


 要はマントを羽織ると弓を背負い、ドアを乱暴に開けて廊下へと飛び出す。

 そのまま隣の部屋のドアを叩いてアリサとエリーゼを起こそうとするが、ドアの向こうからは全く反応が無い。

 当然だがカンヌキのかかっているドアは開くはずも無く、何度か叩いた後に要はアリサ達を起こすのを諦める。


「……ごめん! 勝手なことする!」


 聞こえているはずも無いが、ドアの向こうに向かい謝罪の言葉を投げて要は身を翻す。

 階段を駆け下り、正面のドアを開けて外へと飛び出す。

 突然の音に驚いた黒犬の尻尾亭の従業員が控え室から飛び出し何かを叫ぶが、「すぐ戻ります!」と叫ぶだけで要は振り返らずに叫ぶ。

 構っている暇は無い。どれだけ「回避」の為の時間があるかは分からないが、少しでも早く辿り着かなければならない。

 そんな焦りから少しでも早く長く走ろうとする要だが、すでに魔力の扱いに目覚めぬ「常人」の域を遥かに超える速さと持続力で走っている事には気付いていない。

 息も切れず、まるで散歩でもするかのように楽な気分であるのだから気付くはずも無い。

 要の魔力は要の「常態」を維持すべく身体を覆い、凄まじい勢いで消費し続けているのだ。

 それでも尽きぬが故に、要は「異常」を感じず気付かない。

 この辺りは、アリサに言わせれば「もう少し自分の状態に敏感になるべき」と怒られるポイントであろうが……しかし、要は自分が想像していたよりは余程早く冒険者ギルドの前へと到着する。

 夜に元気になるこの界隈は人通りが多くなり、酔客が酒場と間違えて冒険者ギルドの扉を開けては出てきたり……といった光景が展開されていたりする。

 判断力も程よく低下した彼等は百戦錬磨の娼婦達の良いカモであったりするし、如何にも「育ちの良さそう」で「騙しやすそう」な要にも彼女達の目は向いている。

 だが要は普段なら気になって挙動不審になってしまうであろうそれらには目もくれず、冒険者ギルドの扉を開けて中に入る。


「はあ、貴方達が護衛を引き受けてくださると」

「おう。言っとくが、俺達以上の冒険者をこの街で探そうたって、中々いねえぜ?」


 すると、丁度そこでは例の鎖鎧の男が白い神官服を纏った青年相手に自慢げに胸を張っているのが見えた。

 あの旅のマントのフードまで被った状態ではよく分からなかったが、肩まで金の髪を伸ばした青年は優しげな風貌をしており、何処か「あの少女」と似た雰囲気を漂わせているのが分かる。

 今はマントは纏っていないようだが、あの青年であると要は確信する。


「……待て」


 だから、要は大きな……ハッキリとした声で、そう告げる。

 時間が時間ということもあってかギルドの中には人はほとんど居なかったが、そんな要の声に何人かが振り向き……青年と鎖鎧の男も要へと振り向き、鎖鎧の男が要を見て大声をあげる。


「ああっ、テメェ! あのクソ女の情夫オトコ!」

「違う!」


 未だ要は一文無しなので「ヒモ」と言われれば「違う」と言い切れないのが辛いところだが、少なくともそういう……男が言ったような関係でないのは確かだ。

 そんな理論武装を一瞬で済ませると要はギャアギャアと騒ぐ鎖鎧の男を無視して青年の前に立ち、胸をドンと叩いてみせる。


「俺がその仕事、受けます。任せていただけませんか?」

「なっ……オイ! 俺達の仕事を横取り……」

「分かりました」

「はあ!?」

「え?」


 鎖鎧の男達だけでなく、要も思わずそんな声をあげる。

 だが青年は要の手を取ると、にこりと優しげに笑う。


「僕はシュルト。レクスオールに仕える神官です。僕の護衛、貴方にお任せします」


 あまりにもアッサリと決まってしまった話に鎖鎧の男はふらっと後ろに倒れこみそうになりながらも踏みとどまり……しかし、シュルトの目はすでに鎖鎧の男達の姿を視界にすら入れていない。


「さ、行きましょう。えーと……」

「え、あ、カナメです。ただのカナメ」

「カナメ君ですか、良い名だ。ええ、実に良い」

「は、はあ……」


 さっさと要の手を引いてギルドを出て行くシュルトを止められるはずも無く……何が起こったのか理解できないという目で、その場の全員は無言で彼等を見送ったのであった。

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