穏やかな朝3
「……やっぱり読めないな」
「少しずつ教えて差し上げますわ」
そんな会話をする要とエリーゼを余所に、アリサは真剣に壁に貼ってある依頼書に目を通している。
古い依頼書も多い……というか、ほとんど変色した古いものばかりである。
カウンターの職員もイマイチやる気がないし、居眠りをしている職員も奥のほうでチラチラと見える。
当然書いてある字は読めないし、しかし古いという事は人気がないか、何か問題のある依頼なのだろう。
いや……職員のやる気の無さを見る限り、剥がし忘れということすらありえそうなのが怖いところだと要は考える。
……ちなみにだが、剥がし忘れではなく「常時募集中」の依頼である。
内容はやはり要には読めないのだが、草むしりだとか道の掃除だとか……要のテンションが上がりそうなものを抜粋するなら「薬草採り」などというものもあったりする。
「……うーん。なんかなあ、もっとこう……いい感じのを想像してたんだけどな」
「地域差はありますわよ。此処はきっと平和で、あまり過激な依頼が無かったのでしょうね」
だが、これからはそうはいくまい。
ダンジョンの決壊により溢れたモンスターは地域に被害を及ぼすはずだし、それにより行商人は護衛の依頼を出さざるを得なくなる。
旅人とて、財布に余裕があれば冒険者に護衛を依頼する者も出るだろう。
他にも、街道のモンスター退治の依頼や……今までは簡単だった薬草採取などの依頼も冒険者に来るようになるだろう。
冒険者には稼ぎ時であり、街にとっても危険と引き換えに潤い始める時が来る。
「それに……ダンジョンが見つかったとなればどんどん冒険者も集まりますわ。そうなれば、こんなに暇ではいられないでしょうね」
冒険者はダンジョン探索の費用を集める為に冒険者ギルドに仕事を求めてやってくるし、腕利きの冒険者がいるなら依頼してみようかという客も増える。
先程アリサに撃沈された男などは、死ぬ気で頑張らなければすぐに隅に追いやられてしまうだろう。
「ふーん……でもさ、それなら今日は此処に何しに来たんだ? 冒険者登録とかってやつだったり?」
「登録なんてありませんわよ。一月後には居ないかもしれない冒険者の情報なんか登録したところで、誰も得しませんもの」
まあ、確かに。荒事担当な上に根無し草。
そんな冒険者の個人情報なんか登録したところで、無駄に書類が増えるだけなのだろう。
それに……個人の判別だって、つくかどうか。
この世界には便利な魔法の冒険者カードも無ければ、恐らくは写真も無い。
そんな書類を個人情報と呼んでいいかは少しばかり疑問だし、ない方がマシだろう。
「そんなものか……」
「そんなものですわよ」
要が納得したように頷いていると、依頼書を見ていたアリサがふうと溜息をついて目頭を揉み始める。
「あ、どうだったんだ?」
「んー、たいしたものはないね。まだ新しい動きも無さそう」
「ふーん、そうなのか」
新しい動き、というのはダンジョンのことだろうからソレに関連した依頼が無いか探しに来たのだろうと要は想像する。
まあ、それを受けるかどうかというとまた別の話なのだろう。
そもそも、アリサはこの街を早めに離れると言っていたはずだ。
「新しい動きがあったら……それ、受けてたのか?」
「いや、そんな義理はないね」
要の問いかけにアリサはやはりそう答えるが……まあ、それも当然だろう。
今回の「ダンジョン決壊」に関わる事には、厄介事しかない。
わざわざ自分から関わる必要など何処にもない。
「あ、でもさ。そこに貼ってあるやつなんか如何にも新しいけど、あれはダメなのか?」
言いながら、要は丁度アリサの目の前に貼ってある依頼書を指差す。
変色もせず、インクもまだ新しく見えるソレを見て……しかし、アリサは首を横に振る。
「ああ、ダメダメ。これは神官の護衛だよ? 超めんどくさいって」
「行き先はミーズの町……なんか聞いたことありますわね」
「森の近くの小さな町なんだけどね。たぶんあのアホ村長、この町の詰め所に駆け込んだんじゃないかな」
なるほど、先程の神官とのやりとりを見る限り、とんでもなく気を使いそうなのは確かだし……そんなものが数日続くとなれば、たまったものではないだろう。
他の冒険者に見向きもされずに残っているのも、そういう理由なのかもしれない。
「ま、仕方ないよ。それじゃ行こうか」
「え? 行くって……」
「お風呂入って、消耗品買って……で、宿に帰って寝よう。やっぱり仕事やるなら大きい街行かないとどうしようもないや」
「まあ、確かに街としては此処は半端ですわねえ」
言いたい放題な事を言いながら、アリサとエリーゼは要を引きずっていく。
「エリーゼの方はどうなの? 一応パーティなんだから消耗品は共有したいんだけど」
「消耗品の類は大体揃ってますわ。ただ、三人旅となると保存食が心許ないですわね」
「なら干し芋と干し肉と……チーズは好き嫌いある?」
「ありませんわよ」
目の前でポンポン進んでいく会話についていけず、要は二人の後をついていく。
ギルドの中ではもう要達に注目している者も居らず、先程の男も何処へ逃げたのかギルドの中には居ない。
「……ギルド、か」
少しばかり夢が破れた気分の要だが、それに気付いたアリサが軽い調子で笑う。
「そんな変な顔しないでよ、カナメ。大きい町のギルドはもう少し賑やかだからさ」
「あら、物憂げで凛々しいお顔ですわよ」
「いや、そんな話してないから」
二人の会話に苦笑しながらも、要は前へと視線を向ける。
考えてみれば、この二人と会ったのが要の幸運であったのだろう。
たとえば、要が最初に会ったのがギルドの中にいた冒険者達であったなら……今、この場に要は立っていたかどうか。
二人に助けられ、要は今こうして此処に三人で立っている。
その事実だけでも恐らく、奇跡的なことなのだ。
「……また変な顔してる」
「嬉しそうですわね、カナメ様」
「ん、まあ……そうだな」
そう、この感情を表現するならば「嬉しい」なのだろう。
何も分からないままのこの世界で、信頼できる仲間と全力で生きている。
その事実が……要には、とても嬉しく感じるのだ。
「あ、そういえば俺、干し肉って食べた事ないんだけど。美味いの?」
「硬いよ」
「基本的には切って煮込んでスープにして食べますわね」
そんな会話をしながら、三人は開き始めた店へと向かっていく。
それは平和な……良く晴れた、穏やかな朝の風景。
あまりにもいい日であったから、要はベッドに入り夢の世界に旅立つ瞬間まで信じていた。
今夜見る夢は……きっと良い夢である、と。
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