穏やかな朝2

「似合ってますわよ」

「そうかなあ……」

「うんうん、似合ってる」


 レクスオール神殿を出た三人は、そんな会話をしながら道を歩く。

 分厚い旅用マントは荷物になるので着てしまっているのだが、アリサもエリーゼもマントは宿に置いてきている為に要がまるでリーダーのような威容を発揮してしまっている。

 背中に輝く黄金の弓が更にそれを強調しているのだが……要としては道を行く人達から突き刺さる視線が気になって仕方が無い。


「それにしても……なんていうか、この辺はあんまり人居ないっていうか」


 レクスオール神殿を出て少したったが、要達が今居る辺りはどうにも静かだ。

 店らしきものは大体閉まっているし、壁によりかかって寝てしまっている人達もいる始末だ。

 まあ、一言で言えば治安がいまいち悪そうだ。


「この辺は夜の店が集まってる場所だからね。昨日も来たでしょ?」

「そうだっけ。暗かったしなあ……」


 言われてみると見覚えのあるような看板がちらほらあるのは分かるのだが……やはり文字が読めないので分からない。

 だが、あの樽に似たジョッキの絵が描いてある看板は酒場なのだろうな……ということくらいは分かる。


「なあ、あっちの踊ってる人みたいな看板って」

「娼館」

「へ?」

「えっちなお店」


 振り返って分かりやすく言い直すアリサに見つめられ、要は「あー」と言って視線を逸らす。

 まあ、夜の店が集まっているならそういう店があるのも当然だろう。


「行ったらダメだよ」

「行かないよ」

「新人冒険者も皆そう言うけど、大体小金を握り締めて騙されて」

「行かないってば」


 やっぱりそういう店でも騙されるとかあるんだ、とかボッタクリ的なあれだろうか……などと考えたのはさておいて、要は「早く行こう」とアリサの背中を押す。


「ちなみに、あちらの看板は似てますけど男娼の店だそうですわよ」

「聞きたくない。早く行こう」

 

 アリサの背中をぐいぐい押しながら要は言うが、突然アリサはピタリと止まって動かなくなる。


「どうしたんだよ、早く行こうって」

「いや、着いたから」

「へ?」


 言われて要はキョロキョロと辺りを見回し……何やら人の出入りのある建物がある事に気付く。

 看板は「マントを着て歩く人」を記号化したようなマークであり、どうやらこれが冒険者ギルドのマークであるらしい事が理解できる。


「……え、でも。正面の店……」

「娼館だね」

「よくある話ですわ」


 冒険者ギルドとは、冒険者が依頼の報酬を受け取る場所でもる。

 そして報酬を受け取ったばかりの冒険者は気が少しばかり大きくなっており……その上機嫌な所を狙って呼び込み稼いでいるというわけだ。

 普通に旅人を呼び込むより成功率が高いとあって、新しい冒険者ギルドの前には娼館が出来る確率は高い。

 何処に冒険者ギルドが出来るかという情報は高値で売り買いされるというから、どれだけ「楽な商売」なのかは想像できるというものである。


「なんかなあ……もっと武器屋とかさあ」

「こんなとこで武器売ったら危ないじゃない」

「……何か間違ってる」


 そう呟いた要は、いつの間にか背後に回っていたアリサとエリーゼにポン、と背中を押される。


「え、何だよ」

「ほら、先に入ってカナメ」

「先って……なんで?」

「いいから」

「入れば分かりますわ」


 嫌な予感しかしないな……と思いながらも、要は言われるままに冒険者ギルドの扉を開けて入る。

 いわゆるスイングドアになっている扉は押すだけで簡単に開き、中の光景が要の視界に飛び込んでくる。

 広いホールのような室内は真ん中ほどでカウンターによって区切られており、壁には一面に依頼と思わしき紙がベタベタと貼り付けてある。

 いくつかあるテーブルと椅子はいくつか埋まっており、そこに居た先客達の視線がジロリと要へ向けられる。


「うーわ……これかっ」


 品定めするような視線はなるほど、あまり気持ちの良いものではない。

 後から入ってきたアリサ達は要の後ろからキョロキョロと室内を見回すと「あんまり人いないなー」などと気楽に呟いている。


 ……まあ、確かに要の想像していたものとは少し違うだろうか。

 もう少し騒がしい場所を想像していたのだが、なんというか……閑散としているし、微妙に薄汚れている。

 

「えーと……」

「とりあえず、壁に貼ってあるの見ていこ」


 言われて要は適当な壁の方へ向かおうとするが突然肩を叩かれ……いや、肩を掴まれる。

 ギリギリと力を込めているその手の主は、所々錆びた鎖鎧を纏った痩せぎすの男であり……腰の剣も使い古しているのか、骨董品じみた色をしているのが分かる。


「よう、兄ちゃん。朝から随分と見せ付けてくれるじゃねえか」

「見せ付けた覚えは無いよ。放してくれ」


 明らかに絡まれているが、こういう類に下手に出ても仕方がないということくらいは要にも分かる。

 とはいえ、いきなり殴るわけにもいかないとまずは言葉での交渉を試みたが……その男の股間に、アリサの靴が突き刺さる。


「おゥぶっ!?」

「げっ!」


 男にとってはあまりにも致命的な攻撃に要も思わず股間を押さえそうになるが……アリサはへなへなと崩れて蹲る男を見下ろしてフンと鼻を鳴らす。


「こういうのはグダグダ言う前に沈めなきゃ。どうせ殴りあいになるんだから」

「え、いや。その考え方はどうなんだろう」

「野蛮な考え方ですけど、間違ってはいませんわね。こういうのは先んじる事が大事ですわ」

「ええー……」


 そんなものなのだろうか……と要は首をかしげるが、大笑いしている他の客を見る限りでは正解な対応なのだろうとも思う。


「ていうか、あっちのカウンターで大笑いしてるのって職員だよな……? いいのかなあ」

「そういうとこなんだってば。ほら、行こう?」


 誰も助けようともしない男の事を少しだけ哀れに思いながらも、要はアリサとエリーゼに連れられて壁へと向かっていく。

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