夜明け前
「……ん」
カチャカチャという、何か金属同士がぶつかり合うような音で要は目を覚ます。
確か酒場で限界まで騒いで倒れたエリーゼとアリサを二人で担いで、宿まで運んで……それからどうしたのだったか。
ぼうっとした頭と、やわらかい布団の暖かさ。
見上げる天井は当然のように見覚えが無いが、一体あれからどうしたのだったか?
「……」
とにかく、アリサは助けられた。
この先どうすればいいのかなど何も想像できないが、まずはそれだけで満足だ。
満足だが……。
「ほんと、どうしようかなあ……」
確かアリサは「どうにかなるまで面倒見てあげる」と言っていたはずだ。
しかし「どうにかなる」というのは、具体的に「どう」なることなのだろうか?
この異世界で、要はどう生きていくことが正解なのだろうか?
無限回廊が教えてくれたのはアリサの危機だけだし、それからは何も無い。
唯一、アリサが騎士団に捕らえられた時に黄金弓がエリーゼ達の事を思い出させてくれたような気もするが……それとて「どう生きるか」という話ではない。
恐らくはこのままいけば「冒険者」ということになる気もするが……。
「冒険者、かあ……」
天井を見上げながら、要は考える。
要にとって「冒険者」とはアリサのことだが、具体的にどういう生き方なのであるかなど全然知らないに等しい。
今回の件で「稼ぎの手段である依頼」を「ギルド」が出していることは分かったし、どうにも頼りにならないイメージも出来てしまった。
「身分証が庶民にはない」事も分かっているので、異世界人である要が混ざっても問題は起こりそうにはない、が……もう少しアリサに詳しく聞かなければならないだろう。
「……あの、ところで」
「はい? 如何されましたか、カナメ様」
先程からずっと無言で隣のベッドに腰掛けながら杖をカチャカチャと弄り回しているハインツに要が顔を向けると、ハインツは涼やかな笑顔でそう返してくる。
身体を起こして窓の外を見る限り、まだ夜明け前のはずだが……それにしても、何故ハインツと同じ部屋にいるのか要には思い出せない。
「えっと、ハインツさんはどうして此処に?」
「そうですね……昨夜此処に着いた後に倒れたカナメ様を介抱したのが私だからではないかと」
「えっ」
「カナメ様も大分お疲れのようでしたからね。幾ら魔力で身体が安定状態になるからといって、魔力が切れるまで無限に動けるというわけではございません。結局何処かに無理をさせているという事をお忘れなく」
どうやら、要もなんだかんだで倒れてしまったようだ。
とすると、此処は黒犬の尻尾亭だということなのだろう。
「は、はは……なんかすみません。で、その。あの二人は……」
「隣の部屋でよくお休みになっていますよ」
「そ、そうですか」
言いながら要は、ハインツの手の中にある杖に視線を向ける。
先程から磨いているそれは、エリーゼが持っているものによく似ているが……どうにも細部のデザインが少し違うというか、少し装飾が増えてゴツくなったような気もする。
「あの、それって」
「お嬢様の杖です」
やはりエリーゼの杖であるらしい。
ゴツくなったのは、気のせいだっただろうか。
そんな事を考えてじっと杖を見ていると、ハインツはそんな要をじっと見つめ返してくる。
「何かにお悩みのように見受けられましたが」
「え? あ、はい」
「察するに、カナメ様は冒険者としては経験が浅いか……あるいは経験が無く、それ故にやっていけるか悩んでいる……というところでは?」
「うっ」
まさしくその通りなのだが、そこまで分かってしまうものなのだろうか。
いや、ひょっとするとアリサから聞いたのかもしれない。
そんな事を考えながら、要は軽く探りを入れる。
「えっと……経験が浅いって、なんで……」
「依頼書の話一つで推測可能です。冒険者であれば、基本的な事項ですから」
なるほど、確かにエリーゼ達に助けを求めに行った時、その事で即答できなかった。
「それに……まともな冒険者であればギルドの事は嫌っていますが、カナメ様にその傾向は見受けられませんでした」
「えっ」
そういえばアリサもギルドの事をあまりよく言っていなかった気がする……と要は思い返す。
しかし嫌われている冒険者ギルドというのもなんだかなあ……と落胆してしまう。
「まあ、他にも色々と理由はございますが……それはおいておきましょう」
そう言うと、ハインツは杖を色々な角度から眺め……満足したようにベッドの上に置く。
「正直に言えば、あまりおすすめは出来ません。仕事に困る事がないのが冒険者のいい所だとはよく聞く言葉ですが、それは裏を返せば「他の者がやりたがらない仕事」を全て押し付けられているに過ぎません」
「やりたがらない仕事……」
「基本的には荒事ですね。そういった仕事で金を稼ぎ、夢を求めてダンジョンに潜る……そういった生活が「冒険者」というものです」
ダンジョンで魔法の品を見つければ、良い金になる。
そう考えてダンジョンに潜る冒険者目当てにダンジョン周りには商人が集まり、街が出来る。
ダンジョンを管理する騎士団の詰め所や支部があれば治安もそこそこに保たれ、経済が回り「景気のいい」街には一般人も集まる。
一般人が集まれば毎日のように汚れてヨレヨレの冒険者は嫌われ、「立ち入り禁止」などと明らかに差別されるようになる。
そうして出来た冒険者蔑視の空気を一部の商人も敏感に感じ取り、「そういうものに配慮した商売」をするようになったりする。
勿論全てがそうだとは言わないが、そうなる事は非常に多い。
商人に上手く騙されて素寒貧になった冒険者……などという笑えない話すらもあるくらいだ。
「基本的には冒険者とは搾取される側です。他に選択肢があるのならば」
「ちょっと! カナメに変な事吹き込まないでくれる!?」
ハインツの話を遮るようにドアを開けて乱入してきたのはアリサと……その後ろで笑顔で手をひらひらと振る、エリーゼであった。
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