騎士団3

「おい、逃げちまったぞ! お前等全員何して……!」

「お黙りなさい、見苦しい」

「はぁ!?」


 嫌悪感たっぷりの口調で放たれたエリーゼの言葉に、支部長は怒りの矛先をエリーゼへと向ける。

 エリーゼの高級そうでありながら薄汚れた格好を見て、「背伸びをした庶民」だと判断したのだろう。支部長はより威圧的な態度でエリーゼへと迫る。


「おい、庶民。誰に命令してんだ?」

「貴方こそ。たかが男爵家の騎士団の……しかも支部長の分際で、王国を代表しているつもりなのかしら?」


 嘲るようなエリーゼの表情に、支部長は拳を振り上げ……次の瞬間、間に入ってきたハインツに殴り飛ばされて地面を無様に転がっていく。

 繰り中に突然糸の切れた人形のような奇妙な格好でひっくり返った支部長は完全に白目を向き、開いた口からはよだれすら出てしまっている。


「なっ……!」

「……まったく。コネで騎士になるのも結構ですが、せめて人並みになるまで人前には出さないで頂きたいものですわ。王国の恥ですもの」

「仰るとおりです、お嬢様」


 驚きに声も出ない副支部長を余所に、エリーゼとハインツはそんな会話をかわす。


「お、お前等……何をやったか分かって……」

「何か問題ありまして? ハイン」

「いいえ、お嬢様。何も問題ありません」

「ないわけないだろう……!」


 副支部長が腰の剣に手をかけると、他の騎士達も緊張が伝播したかのように真剣な表情になる。


「お前達は今、騎士団の支部長を……いや、もっと言えばシュネイル男爵様のご子息に手を上げたんだ。これはどんな理由があろうと、許される事ではない」


 身分制度は絶対だ。

 それは当然、その身分に相応しい振る舞いも込みであるが故だが……それがないからといって下の者が逆らっていいというわけではない。

 それは最高位の身分たる王への反逆も同然の危険な考え方であり、いわば国を壊す思想であるからだ。


「……残念だが、お前達を罪人として」


 副支部長の言葉は、エリーゼが差し出すように前に杖を掲げた事で中断される。

 魔法でも唱える気か、と。そんな警戒によっての中断ではあったが、エリーゼがそのまま動かないのを見て「そうではない」と安堵の息が周囲から漏れる。


「武器を差し出して降伏ということか? まあ、それは考慮……し……」


 杖をエリーゼの手から取ろうとした副支部長は、その如何にも高級そうな杖を何となく眺め……そこに描かれているモノを見て、その手の動きをぴたりと止める。


 それは、要が「綺麗だ」と評したもの。

 金色の剣と、それに巻きつく緑色の蔓、そして青い花。

 杖に掘り込まれるようにして描かれた、その小さな……しかし精緻な紋様。

 その意味を知らない者など王国の騎士には絶対に居ない。

 何故ならば、それは。


「……お、王家の……紋章……?」


 そう、それはこの国……ラナン王国の王族のみが掲げる事を許される紋章。

 当然ながら偽造は大逆罪に値する罪であり……特に武器に刻まれた紋章は「とある魔法」によって偽造は不可能であるともされている。


「そ、それが本物であるならば証を立てられるはず。それを見るまでは納得するわけには……!」


 もし本物であれば不敬どころの話ではないが、それでも副支部長は震える声でそう告げ……エリーゼは掲げていた杖を下ろし微笑む。


魔法装具マギノギア起動オン


 その言葉と共に杖はざらりと崩れ、輝きと共に黄金のシンプルなデザインの長剣が組みあがる。

 地面に刺さるようにして現れたソレこそが、王家の紋章が偽造不可能な理由。

 ダンジョンで発見される魔法の品の中でも最高級の魔法装具マギノギアの一つ。

 そして、かつて王家の祖となった人物が神々より授かった製法により造られていると言われる、王族の証。

 すなわち、王家の者のみが持つ事の出来る魔法装具マギノギア……護身の黄金剣と呼ばれる剣である。

 主に重要な儀式などの時に王がその姿を見せる事もあるが……王族の身分証明でもあるコレを見せられて尚逆らうということは、それすなわち「大逆罪そのもの」だ。


「私はラナン王国第十七王女、エリーゼ・ラナン・ラズシェルト。今から不必要に騒ぐ事を禁じます」


 その言葉にざわめきかけていた騎士達は一斉に口をつぐみ……次の瞬間、慌てたように地面に頭をつけ平伏する。

 王族に対する数々の不敬。

 それの示す意味に今更ながら気づき、跪くという行為にすら不敬を感じ……そして命の危険を感じてしまったが故だ。


「……今回の問題は何事もなく解決した。そうですね?」

「はい。何の問題も……ありません!」

「証言の正当性についても再度徹底的に調査し、遅滞無く王国へ報告すること。出来ますね?」

「はい、間違いなく!」


 小さく震えながら答える副支部長に溜息をつきながら、エリーゼは未だ気絶したままの支部長へと視線を向ける。


「あの我が国の恥についてはどう始末をつけるつもりです?」

「……! すぐに不敬罪で収監致します」

「そう。表向きには別の理由を流しなさい。いいですね?」

「は? は、はい。しかし何故……」

「国の恥を宣伝するつもりですか?」

「と、ととと……とんでもございません!」


 慌てて地面に頭をこすりつける副支部長を見て、エリーゼは頭痛をおさえるように額に手を当て……黄金剣に短く何かの言葉を唱え、元の杖の姿に戻す。

 

 こんなものを使う気は無かった。

 支部長が出てくて引っ掻き回す前に全てに決着がついていれば、要の努力が一人の少女を救ったという美談で終わったはずなのだ。

 権力を権力で抑え付けたという醜い結末になど、しなくて済んだはずなのだ。

 だがそれでも、黙っていることなど出来なかった。

「王国」そのものが要に嫌われてしまうことだけは、避けたかった。

 だからこそ、明かすつもりの無かった正体を「要達を遠ざけてから」晒した。

 口止めをしたのだって、同じ理由だ。

 こんな醜悪な現実が要の耳に入る可能性を……エリーゼは、そのままにできなかったのだ。


「いきますわよ、ハイン」

「はい、お嬢様……ああ、それとお嬢様はお忍びの最中です。余計な配慮をしないように。返事は必要ありません」


 身を翻すエリーゼとハインツを騎士達は平伏したまま見送り……エリーゼは振り返りもしないまま、門を出る。

 すると、そこには要と……少し回復してきたのか、疲れた顔をしながらも立っているアリサの姿がある。


「エリーゼ! 大丈夫だったのか!?」

「あら、カナメ様。心配してくださったんですの?」

「当たり前だろ!」


 何を言っているんだと憤る要に、エリーゼは嬉しそうに微笑む。


「まあ、カナメ様ったら。あの程度の男を手玉にとるなんて、私には簡単でしてよ?」

「……そうなのかもしれないけど……」

「けど?」


 面白がるような顔で要に近づきエリーゼはその顔を見上げるが、要の顔が真剣で……苦悩するようなものになっているのに気付き、きょとんとした顔に変わる。


「カナメ様……?」

「……不安だった」


 心配、ではなく不安。

 自分が居たところでどうなるものではないと分かっていても、「何かあったらどうしよう」という漠然とした感情。

 だがそれでも自分の無力を分かっているが故の、出口の無い不安。

「どうしたらいい」と「どうしようもない」の無限のループの根源は、自分の無力さを嘆くが故。

 それを悟ったエリーゼは、要の肩に下から手を回して自分の方へと抱き寄せる。


「何でも自分一人で出来る必要なんてありませんのよ、カナメ様」


 それが出来るのであれば、「国」などという形は必要ない。


「一人で為せる事など、たかが知れています。それを持ち寄り何かを為すのが正しい人の在り方。それが分かっているから、あの時カナメ様は私達に助けを求めに来られたのでしょう?」


 他に誰も思いつかなかったのかもしれない。

 だがそれでも、要は無駄に駆け回ることはせずに「持っているかもしれない者」を訪ね恥も外聞も無く助けを求めた。

 そればかりでも良いというわけではないが、本当に必要な時にそれが出来る者は少ない。

 そして今の要の抱える不安は「自分はエリーゼ達に何を与えられるのか」という不安からだということにもエリーゼは気付いている。


「とにかく、祝勝会ですわ。「全て」が無事に解決した事を祝って……それと其処の方の早い回復の為にも、美味しいご飯を食べる事を提案致しますわ!」

「この時間となると、酒場ですね……席が空いていると良いのですが」

「え……っと」

「大丈夫だよ、カナメ。確かに何か食べた方が回復が早いし……ね」


 言いながらも、アリサの顔色は大分平時のものに戻ってきている。

 精神状態が安定してきた事で魔力も安定し、それが体調にも影響してきているのだ。


「そ、そっか。なら……」

「さあ、カナメ様! いきますわよ! ハインはその方をしっかり支えてあげるんですわよ!?」

「承りました」


 エリーゼは要の手を握って、走り出す。

 半ば無理矢理連れていかれる要をポカンとした顔で見送りながら、アリサは自分の隣に立つハインツに視線を送る。


「……えっと、ハインツさん?」

「はい」

「いいんですか、あれ」

「お嬢様が楽しそうで何よりでございます」

「……そですか」


 小さく「まったく、もう……」と呆れたように呟くアリサを見ながら、ハインツは「我々も参りましょうか」とアリサへ手を差し出すのであった。

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