騎士団2

「おいおい、どうして出してんだって聞いてんだよ。そいつぁ極刑だろ?」

 

 言いながら建物の奥から出てきたのは白い生地にジャラジャラと金銀の飾りをつけた騎士服なのかどうかも分からぬ服を纏った、金髪の男。

 美形の部類に入るであろう顔は寝起きを起こされたかのような不機嫌な表情をしており、その両脇には化粧をバッチリときめた派手な女性騎士を連れているが……こちらも騎士服をカスタマイズでもしたのか、周りの騎士とは随分と違う……一言でいえば、扇情的な格好である。


「……なんですの、あの男は」

「支部長だ」


 エリーゼの嫌悪感を隠しもしない問いに、副支部長は苦りきった表情で答える。

 本来であれば支部長どころか詰め所の平騎士すら勤まりそうに無いアホにしか見えないのだが、副支部長の顔から見るに相当上から……もしかすると男爵の親類か何かから押し付けられたというところだろうとエリーゼは想像する。

 何事も起こりそうに無い平和な場所での適当な地位を与え、ついでに性格の矯正でも期待したのか……その辺は分からないが、好き放題やっているのは確かなようだ。

 

 そして、そんなエリーゼの想像は大当たりで……この「支部長」はシュネイル男爵家の四男である。

 酒好き、博打好き、女好き。好きなものは自由と権力と金で、嫌いなものは責任と自分より偉い奴というロクデナシの博覧会のような男ではあるが、一応男爵家の四男なのだ。

 適当に煽てれば阿呆なので扱いやすい為、副支部長が実質的に動かして権限や責任などどうしようもない部分で適当に言いくるめ「男爵家四男としての利点」を存分に使わせることで自尊心を満たしてやるという……まあ、そんな互いに共生関係にあったりしたのだ。

 ……が、今回。ダンジョン決壊に重犯罪人の捕縛ということで、誰が報告したか聞きつけたかは不明だが無駄にやる気を出してしまっていたのだ。

 後で適当に言いくるめるはずが、「やる気を出した」支部長は普段なら絶対に来ない夜に出勤してきてしまっている上に、どうやらこの騒ぎを誰かが「ご注進」してしまったようだ。


「……支部長。今回の捕縛の証拠となった証言には疑いがあることが証明され、それにより釈放が決定しました。天秤の神ヴェラールの名の下による契約も成っており、これに不備はありません」

「いやいやいや、何がヴェラールだよ。決めるのは支部長の俺だろうが」

「は? いや、ヴェラールの契約は」

「関係ねーだろ。そんなもんで決めた事を曲げるってのが間違ってるんだっつーの」


 何やらカッコつけたポーズで言う支部長に両隣の女達が嬌声を上げて拍手するが、周りの騎士達はざわつき……顔を青くしているものすらいる。


「……ヴェラールの契約を「そんなもん」と言い切るとは……男爵家は今後騎士団を廃する意向なのかしら」

「さて。別に騎士は全てヴェラール神殿の祝福を受けるべしと神殿が決めたわけではございませんし。対外的にどういう評価になるかを除けば、それもアリなのではないかと」

「くっ……いや、待ってくれバトラーナイト殿。これはその、なんだ」

「ああ、そいつか調子のってんのは!」


 副支部長を押しのけてズカズカとやってきた支部長は自分よりも背が高いハインツに一瞬怯み……それでも胸を張ると、その肩を掴む。


「おい、まずはその女をこっちに寄越せ。捜査は全部こっちでやり直す。お前等が勝手に決めた事は全部無効だ」

「お断り致します。すでにヴェラールの名の下に我が主と副支部長殿との契約は完遂されました。「無効」にする権限は貴方にはございません」


 淡々と語るハインツの肩に支部長は力を入れて引っ張ろうとするが、ハインツは動かない上に振り向きすらしない。

 ならばと支部長はハインツの側に立つアリサを奪おうとしながら叫ぶ。


「支部長の俺が無効だって言ってんだよ!」

「無効にしたいのであれば、それなりの根拠をお示しください」


 だがハインツは最低限の動きで支部長の手を全て払い……支部長は怒りに満ちた声で背後の副支部長へと振り返る。


「おい、こいつも……こいつ等も纏めて牢に放り込め! 何ボケッとしてんだ!」

「……支部長。王国法でも今回の件は釈放の条件が揃っています。それ以上はおやめください」

「俺に逆らうような連中だぞ!? やってるに決まってるじゃねえか!」


 ぎゃあぎゃあと副支部長に詰め寄る支部長を見て、エリーゼは深い……とても深い溜息をつき、ハインツに視線で合図を送る。

 ハインツはそれを受け頷くと、要の腕の中にアリサをポンと押して預ける。

 まだふらふらなアリサは要の腕の中に倒れこみ……要はそれをなんとか気合で支える。


「うっ」


 急な衝撃と重みに一瞬よろけそうになった要だが、アリサにジロリと睨まれてサッと目をそらす。

 ハインツはそんな様子にクスリと笑いながら、「先に外に出ていてください」と囁く。

「え? でも……」

「私とお嬢様で上手く交渉しておきます故に、お気にせず」

「いや、でも」

「お願いいたします。このハインツの顔を立てると思って」


 ハインツに強く言われて、要は頷き身を翻す。

 そこまで言うのであれば要が邪魔なのだろうと……何となくそれを察したのだ。

 支部長と副支部長がやりあっている間にアリサを連れた要は門の外へと歩いていくが……騎士達は、誰もそれを止めはしない。

 それどころか、さりげなく要達の姿を隠す壁のような立ち位置に移動するような者まで出る程である。

 そのせいか要達は然程の苦労もなく門の外へと出て行き……支部長が気がついた時には、もう其処にはエリーゼとハインツしか残ってはいなかった。

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