騎士団
「……なるほど、確かにドラゴンの牙のようだ。それも未加工ときたか」
「……未加工?」
「通常、店で売るときには見栄えがいいように形を整えるんですのよ。高いものをより高く売ろうとするわけですわね」
ドラゴンの牙を確かめる副支部長の忌々しげな言葉に、要とエリーゼはそんなひそひそ話を交わす。
ちなみに「未加工の方がなんか良さそう」という者もいたりするのだが、ドラゴンの牙などというものは、そもそも加工が恐ろしく難しいものであったりする。
同じドラゴンの鱗を貫くと言われるほどに強力なドラゴンの牙ではあるが、それは当然ドラゴンの鱗より加工が難しいという現実をも示している。
ちなみにこれも当然なのだが、ドラゴンの牙がドラゴンの鱗を貫くのは「ドラゴンの圧倒的パワー」あってのものだったりするので、ドラゴンの牙を加工して武器にしたらドラゴンの鱗を貫けるかといえば、別問題であったりする。
……まあ、他にも色々と問題はあるのだがともかくドラゴンの牙はコレクションアイテムとしての利用の方が多かったりする為「綺麗に加工したもの」が店で売られていたりする確率の方が高く……つまり、「未加工」という事実が「直接取ってきた」という真実性を高めているのだ。
「お望みのドラゴンの牙は確かに取ってきましたわ。途中に出てきたモンスターも撃破……更には竜鱗を纏う謎の巨人も現れましたが、それも倒しておりますわよ」
「竜鱗の巨人……? なんだそれは」
ドラゴンの牙を確かめる手を止めて向き直る副支部長に、エリーゼは胸を張って不敵な笑みを浮かべる。
「カナメ様が倒したドラゴンの死肉を喰らって変異したものと思われます。元がどれかは存じませんし……どの道、カナメ様が倒してしまわれましたわ。お疑いになるのでしたら、村に残骸が残っておりますからご確認くださるといいかと」
「……いや、それには及ばない」
副支部長はそう言うと、ドラゴンの牙をエリーゼへと投げ返す。
「森の中から現れた謎の輝きが空を貫いたという報告がある。街中では神々が希望の地の方角を示したのだとか、そんな無責任な噂まで現れる始末だ。君達の仕業だな?」
「仮にそうだとして、何か問題でもございますの?」
「……無いな。そんな魔法を所持しているのであれば、確かにドラゴンだろうと倒せるだろう」
そう答えると、副支部長は溜息をついて傍らに立つ騎士団員に「例の奴を解放しろ」と指示を出す。
「あら、随分と素直でいらっしゃるのね。正直、もうひと悶着あると覚悟してましたのよ?」
「……君の従者殿が牢の前でずっと陣取っていてね。威圧にやられた牢番の泣き言も、いい加減聞き飽きてきたのだよ。どう転がるにせよ、早めに何らかの決着はつけておきたかったところだ」
「あらあら。正義は何処に捨ててきたのかしら。無実の者が此処に生まれたというのであれば、虚偽の証言者を捕縛するべきではなくて?」
そのエリーゼの要求に要も同意するように頷くが、副支部長は首を縦には振らない。
「当然、証言の内容について再度精査は行う。それ以上は我々の領域だ。口出しは遠慮してもらおう」
「そんなどうとでもとれる言葉は聞きたくありませんわ。無実の人間を極刑にしかけておいて、それを引き起こした者……いいえ、ひょっとすると真犯人かもしれませんわね。そんな者を捕縛しないと?」
「言葉が過ぎるな。被害者に対する侮辱は許されないぞ」
「被害者って……それはこっちぐっ」
副支部長の諌めるような言葉にエリーゼは嘲りの笑いで返し、そのついでに叫びかけた要を肘鉄で黙らせる。
「被害者、ですか。なら証言者は村の生き残り……いえ、信頼できる証言者ということでしたわね。つまりそれなりの立場にあり騎士団とそれなりの繋がりがある者……」
「答えられないな」
「そうですか。それならそれでも構いませんわ。こちらは、そちらのミスで処刑されかけた方の無実が証明されただけで満足ですから」
エリーゼと副支部長は軽くにらみ合うが、すぐに副支部長の方が目をそらす。
遠回しなエリーゼの嫌味が効いているのか罪悪感があるのかは分からないが、小さく舌打ちをしているところを見ると後者ではなさそうだった。
要はそんな副支部長の態度が許せずに睨みつけるが……突然響いてきたハインツの声にハッとしたように顔をそちらへ向ける。
「お嬢様」
「あら、ハイン……その方が?」
「ええ」
短く答えるハインツの側には、赤髪の少女が立っていて……要は慌てたように側へと駆け寄る。
「……あはは、カナメだ。元気そうだね」
「アリサッ!」
「おっと」
疲れたような顔で手を振るアリサに要は抱きつくような勢いで近づくが、その要を遮るようにハインツは手を伸ばして「いけません」と嗜める。
「大分体力を消耗しています。まずは充分な休息が必要です」
「え……だ、大丈夫なのか!?」
「ええ、幸いにも怪我もありません」
要にそう答えながら、エリーゼの視線での問いにハインツは頷きで返す。
今の要にはとても言えない事だが……重犯罪者に対する騎士団の尋問というものは、基本的に荒っぽいものだ。
特に極刑対象者ともなれば「やりすぎる」事も地方騎士団レベルでは珍しくも無い。
アリサも捕縛された次の日にはそうなる可能性があったが……幸いにも要が夜のうちに行動した事によって、それは回避された。
された、が……「尋問の末に処刑されるかもしれない」という想像と牢の冷たさは、それだけで体力を消耗させてしまうものだ。
更には要が自分の為にモンスターの溢れる森に再度潜っていったと知ったアリサの精神的疲労は、どれ程のものだっただろうか。
「……えっと、ハインツさん、だっけ。別に何処も怪我してないんだから大丈夫だって」
「しかし」
「大丈夫」
アリサはふらつく足取りで要に近づくと、優しく包むようにその肩を抱いてポン、ポンと叩く。
「……馬鹿だね。でもありがとう」
アリサの囁くような言葉に、要は無事でよかったと返そうとして……しかし、言葉にならずにアリサを抱きしめる。
アリサを助けられた。
ただそれだけの事実が怒涛の嬉しさとなって要の中を埋め尽くし……だからこそ、詰まったように言葉が出てこない。
「……おい、そいつって例の極刑対象者だろ? なんで牢から出してんだ」
……だが。
そんな空気を読まない言葉が聞こえてきたのは、その直後の事であった。
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