レシェドの街への帰還
出発した時には夜だったのが、すでに次の夜。
野営すらしない強行軍で森を抜けた要達は、レシェドの街の壁を見てほっと息を吐いた。
「……よ、ようやく到着ですわ」
「ああ、でもこれでアリサを助けられる」
すっかり疲れ切ったエリーゼとは対照的に元気な要だが、エリーゼの方はすでに限界を突破している。
普通であればこうなる前に森で休息をとるなり野営をするなりといったことが常識なのだが……決壊の影響でモンスターで溢れかえっている森で野営をするのは逆に危険だとエリーゼが主張したのだ。
何しろ、二人で野営ということは要かエリーゼのどちらかが交代で番をするということだが……正直に言って、どちらも奇襲に対応できるとは言い難い。
要はまだ実力に不安定なところがあるし、エリーゼはそういう事はハインツに投げっぱなしであったからだ。
ついでに言えば、またアリの時のように囲まれては面倒なことになる。
だからこそ、無理をしてでも一気に抜けるのが正解であったのだ。
「あ……あとは、騎士団まで、行って。牙を」
「お、おいエリーゼ……大丈夫か?」
「ふふふ、このエリーゼ。このくらいで」
言いながらも、ついていた杖がエリーゼの手から離れて転がり、エリーゼ自身もぺしゃんと力が抜けたように座り込んでしまう。
「や、やっぱりダメですわあ」
気力と魔力……具体的には体内の魔力を意図的に身体の強化の方に回すという高度な技をやってのけていたエリーゼだが、流石にやり慣れないことをすると魔力の消費も早く、疲労も無視できるものではなくなってきてしまっている。
つまりそういうことをしているわけでもなく普通に安定状態にある要が化け物じみているのだが……要本人には、その自覚はない。
というのも、要の基準がアリサであるせいなのだが……そのアリサとて、大分要の美化が入っている部分はあるので実際にどうであるかは、比べてみないと分からないだろう。
……まあ、それはさておき。エリーゼはそうした理由で動けなくなってしまっているのだ。
「ちょっと待ってろ」
そう言って要は、転がったエリーゼの杖を手に取る。
遠目にしか見ていなかった杖だが、こうして近くで見ると随分と高級そうな杖であることが分かる。
先端についた青い宝石もそうだが、銀色の美しい杖には金色の剣と、それに巻きつく緑色の蔓、そして青い花……そんな「絵」というよりはロゴマークに似たものが描かれているのが見える。
この杖を作った職人か店のマークだろうか……と要はじっと見ていたが、エリーゼの視線に気づき「あ、悪い」と言って近寄り杖を渡す。
エリーゼはそれを受け取ると、座り込んだまま要をじっと見上げる。
「この杖に気になるところがありまして?」
「ん? いや、その杖の絵……っていうかマーク? 綺麗だなあ、と思ってさ」
要の答えにエリーゼはしばらく無言で要を見つめた後、咳払いをする。
「そうですわね。私もそう思いますわ……ところでカナメ様?」
「ああ、分かってる。こんな所に置いていけないもんな」
森は抜けたとはいえ、いつモンスター達が森から出てくるか分かったものではない。
当然エリーゼをこんな所に置いていくという選択肢はなく、そうなると要がエリーゼを運ぶしかない……が、要の背には荷物袋があるしエリーゼの分の荷物袋を運ぶ事も考えれば、おんぶは少々無理がある。
「荷物袋貸して」
「はい」
エリーゼの荷物袋を自分のものとは反対側の肩に担ぐと、要はエリーゼの膝の下に片手を差し込み……もう片方を背中に回す。
「え、と」
「エリーゼ、ちょっと俺の首辺りに腕回して。しっかり掴んでてほしい」
「あ、はい!」
ぎゅっと力を入れて要の首に腕を絡めたエリーゼを要はゆっくりと持ち上げて立つ。
金属の胸部鎧をつけているからどうかと思ったが、それを含めてもエリーゼは軽い。
ひょっとすると何か細工なり魔法がかかっている鎧なのかもしれないが……今はそれを考えず、要は軽く一歩、二歩と歩いて問題ないことを確かめる。
「あ、あのカナメ様」
「ん?」
疲れのせいか、どことなく顔の赤くなっているエリーゼに声をかけられ、要はエリーゼへと顔を向ける。
「そ、その。匂いませんかしら、私。汗かきましたし、あの」
「……いや、別に? それにたぶん、俺の方が臭いよ」
要はそう言って笑うと、軽く走り出す。
「心配いらないって! 誰かが臭いって言ったら俺がぶっとば……あー、文句言うからさ!」
「そこは言い切って欲しかったですわ」
「あー、今度な」
段々と足を速めていく要から振り落とされないように。
そう、あくまで振り落とされないようにエリーゼは要の首に絡めた腕の力を強くする。
「門では一度止まらないとダメですわよ、カナメ様?」
「ああ、分かった!」
視線の先にあるのは、レシェドの街の門。
この時間にもなると門は閉まっているが、門の前に立つ自警団が一応の確認をして通している。
ならば開けていてもいいのではないかと言う者もいるが、モンスターの襲撃に備え昼間よりも警戒度を上げているが故に仕方がなかったりする。
エリーゼをお姫様抱っこしながら走ってくる要に、あくびなどしていた二人の自警団員はぎょっとした顔で気づき「ど、どうした! モンスターか!?」などと声をかけてくる。
「え? あ、いや。単純に急いでるだけだ。通してくれないか?」
「怪しい者ではございませんわ。この街の黒犬の尻尾亭に部屋をとっておりますもの」
エリーゼのフォローに納得した顔を見せかけた自警団員達は「黒犬の尻尾亭?」と声をあげて互いに顔を見合わせる。
それから要とエリーゼをじっと見て……自警団員の二人は更に何かを納得したような顔で頷く。
「ん、んん。そうか。そういう関係なら、そんな状態なのも理解できる」
「ああ、そうだな。仲がいいのは結構なことだ。うちのかみさんなんか」
「あのー……通してほしいんだけど」
どういう誤解をされたか瞬間的に理解した要がそう言って話を遮ると、自警団員の二人は慌てたように「開門!」と叫ぶ。
そうすると門が人が通れる分ほどに僅かに開き……要はエリーゼを抱えたまま通り抜け、再び走り出す。
目指すは、騎士団の建物。あと少しという想いが要を急かし、ようやくだという達成感が要の心臓の音を速める。
そうして二人は、程なく騎士団の建物の前まで辿り着いたのであった。
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