ドラゴンの牙
だから、ありがとうと。要は腕の中のエリーゼにそう伝える。
要一人では、きっと此処には辿り着けなかった。
辿り着けたとしても、アリサを助ける為の手段など思い浮かばなかった。
エリーゼとハインツが助けてくれたから、要は今此処にいる。
「……お礼を言うのはまだ気が早いですわ、カナメ様」
要の顔を見上げていたエリーゼはそう呟くと、要の腕の中から立ち上がる。
「まだ何も解決していませんし、ドラゴンの牙も手に入っておりませんもの」
そう、指定された部位は「ドラゴンの牙」であって、訳のわからない竜鱗の巨人の下半身ではない。
持って帰るにも大きすぎるし、一番特徴的な上半身は要が吹き飛ばしてしまったので、たとえば鱗を持って帰ったところでドラゴンのものであるか見分けはつくまい。
「そう、だな。えーと……確かドラゴンの残骸は……」
「残骸」
聞き捨てならない単語を聞いて、エリーゼは思わずそれを繰り返す。
恐らくドラゴンを倒したのは今の要の
そうなった場合は牙が手に入らないが……他の部位で納得させられるだろうか?
「そうだ。確か広場の向こうに落ちたはずだから……こっちだ!」
「あ、カナメ様!」
走っていく要をエリーゼは追い、廃墟になった村の中を駆ける。
ここで起こった悲劇はまだつい数日前のことで、野ざらしになったものの中には人間の死体と思わしきものもある。
本来ならば埋葬するのが人の道なのだろうが……そんなことをしている暇も余裕もない。
要の後を追うようにエリーゼは走り……そうして、「それ」を見た。
それは、確かにドラゴンの死体だ。
崩れ落ちた家の残骸らしきものの上に横たわる巨体。
だが、その肉は無く……骨と鱗が残っているばかりだ。
いや、骨も尻尾の部分の一部が無くなっている。
そしてそれは……恐らくは、先程の竜鱗の巨人が持っていたものだろう。
「これって……食われたの、か?」
「信じがたい光景ですが、恐らくはそうでしょうね……。恐らくはカナメ様が倒したドラゴンの肉に、空腹のモンスターが恐怖に打ち勝ち齧り付いたというところかと」
ドラゴンの肉を他のモンスターが食う。
そんな事例があるなど聞いたことも無いが、ダンジョンの外ではそういうことも起こりうるのだろう。
そして、ひょっとすると……。
「先程の巨人は……ひょっとするとドラゴンの肉を食べたモンスターの成れの果てかもしれませんわね」
「え」
「あの竜鱗の巨人の目。まともに物を認識できていたようには見えませんでしたわ。ひょっとすると、耳も……。その割には魔力に反応していましたし、ドラゴンの肉を食べたことで体内で魔力が異常を起こした結果なのかもしれません」
強くなったといえば聞こえはいいが、その為に様々なものを捨てた果ての姿。
要の
「そんなこともあるんだな」
「ヴーンが魔力異常を起こした事例がありますから、そこからの想像ですわ。実際そうかと言われると……」
「ま、いいさ。とにかく、牙は回収できそうだし」
そう言って、要は転がっているドラゴンの頭部の骨に視線を向ける。
綺麗に残った骨にはしっかりと牙もついており、これを持って帰れば約束を果たした事になる。
「……」
「どうされました、カナメ様?」
「いや、なんていうか……」
ずらりと並んだ牙を見上げて、要は困ったように呟く。
「どうやって持って帰ればいいんだろう、これ」
幸いにも頭部の骨が地面に落ちているので届かないという事は無いが、牙だけを持って帰るにはここから切り取る必要がある。
だが要の矢では下手をすると粉砕してしまうし、アリサに借りたままのナイフで切れるとも思えない。
……いや、安物ではないと言っていたから、ひょっとするといけるだろうか?
腰のナイフを抜いて見つめていると、エリーゼが横からそれをじっと眺め始める。
「……カナメ様、流石にこれでは無理ですわ。その辺に落ちている鱗にすら歯が立ちませんわよ?」
「むう……試しに砕いてみるか? 上手くいけばどうにかなるかも」
そう言って弓を構えた要の手を、エリーゼの手が上から押さえる。
「無茶はおやめくださいませ。私がやりますわ」
そう言って、エリーゼは腰の剣に手をかける。
何やら豪勢であまり実用的に見えない剣だが……軽やかな音を立てて抜かれた刀身は美しく、あまり刃物に詳しくない要でも感嘆の息を漏らすようなものであった。
「よく分かんないけど、綺麗な剣だな」
「自慢の剣……と言いたいところですが、カナメ様の弓ほどの代物ではありませんわ」
普通にお店で買える品ですわ、と言いながらエリーゼはドラゴンの頭の骨へと近づいていく。
「こうなってしまうとドラゴンも形無しですわ……ねっ!」
気合と共に放たれた一閃でドラゴンの牙が地面に落ちるのを要は想像したが……エリーゼの一閃は、ドラゴンの牙に弾かれてしまう。
衝撃でドラゴンの頭の骨が僅かに動くが……それだけだ。
エリーゼの剣も刃こぼれはしていないが、ドラゴンの牙も僅かな傷がついただけだ。
「……う、く、くうう……っ」
衝撃で手が痺れたのか、涙目で剣をポロリと落とすエリーゼを見て要は困ったように頭を搔く。
「……やっぱり俺の矢で少し砕こう。大丈夫、うまくやるさ」
「お、お願いしますわ」
悔しそうに呟くエリーゼを余所に要は「
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