現れたもの

「……ぐっ……!」


 エリーゼを抱えて跳んだ要は自分を下にするようになんとか回転しながら地面を転がり、そのまま地面を滑るようにして止まる。

 これで状況が終わりであれば何かしら互いに思うところもあったのだろうが、そんな場合でないのは二人とも充分過ぎる程に理解できている。

 エリーゼは要の上から即座に飛びのき、要もまた弓を構え「それ」に向き直る。


「なんだよアレ……!」


 要達の視線の先にいる「モノ」は巨大な棍棒にも似た何かで砕いた地面を確かめ、そこに何も居ないことを確認して不思議そうな顔をしている。

 更にその場所を棍棒で突いているようだが……どうにも、その棍棒は何かの巨大な骨であるようにも見えた。

 その棍棒を持つ腕は……いや、全身は赤い鱗で覆われており、全体的にいえば「隙間無く鱗鎧を纏った巨人」といった表現になるだろうか。

 その背中にはドラゴンのような赤い翼があり、目であると思わしき場所は金色に発光し輝いている。


「……分かりませんわ。既知の巨人ゼルトのどれとも違うように見えますし……何より、あの身体を覆っているのは竜鱗……!」


 それだけではない。

 恐らくはあの竜鱗の巨人が持っているのも何処の部位かは分からないが、ドラゴンの骨であるのだろう。

 ウロウロと歩き回っている竜鱗の巨人は何かを考えているのか、ぼうっと突っ立ってしまっている。

 このまま立ち去っても気付かれないかもしれないが……そうなると、その存在が後々露見した時に面倒事になりかねない。

 エリーゼはそこまで考えて、隣の要の横顔を見る。

 全ては要次第。ここであれを回避したとて、誰も臆病者などとは蔑まない。

 安全策をとるのは戦いに身を投じるならば当然の事であるからだ。

 ……だが。要の目は、どう逃げるかを考えている者の目ではなかった。


「……エリーゼ」


 そしてかけられたその真剣な声に、エリーゼは小さく震える。

 恐怖故ではない。その黒い瞳に込められた「何か」に、魅入られたのだ。

 それ故に、要の声で現実に引き戻され驚いたのだ。

 だがそれを悟られぬように、エリーゼは努めて平静な声で答える。


「なんでしょう、カナメ様?」

「あれを、倒そう」


 端的なその言葉に、エリーゼは息を呑む。

 戦うではなく、倒す。

 まるで「倒せる」のが前提のように語る要に驚いたのだ。

 先程追われていた装甲蟻シルドアントの群れの方がまだ倒しやすいといえるのに、要の言葉には一切の迷いが無い。


「……できるの、ですか?」


 アレは恐らくはドラゴンに準じる力を持った何者か。

 いや……「人型」としての器用さを持っている分、更に面倒な相手になるかもしれない。

 そんなエリーゼの心配を余所に、要は黄金弓を構え答える。


「手段はある」


 そう、手段は確かにある。

 あれがドラゴンの鱗のようなもので身体を覆っていて……たとえばドラゴンと同じだけの防御力を持っていたとしよう。

 だがそうであるならば、要にはそれを貫いた「光の矢」がある。

 あの時は使っただけで倒れてしまったが……今ならば、きっと使いこなせる。

 竜鱗の巨人も、未だぼうっとしているだけだ。ならば当てるのも簡単。


「……矢作成クレスタ弓神の矢レクスオールアロー

「レッ……!?」


 叫びかけて慌てて口を塞いだエリーゼは、要の手元に凄まじい魔力が凝縮していくのを見た。

 ゾクリとする程に巨大で、強大な魔力。

 要の中から生じ収縮していく魔力は輝く黄金の矢になり、その手に収まる。


 弓神の矢レクスオールアロー

 要がそう呼んだ矢をエリーゼは驚愕と共に見て……しかし同時に、こちらを振り向いた竜鱗の巨人にギョッとする。

 まるで要の矢作成クレスタに気付いたかのようなその反応。

 いや、気付いているのだ。

 竜鱗の巨人はその巨体を要達の方へと向けると、地響きを起こしながら走ってくる。

 あの棍棒がどうのこうの以前に、その疾走だけで大体のものを蹴散らせそうな圧倒的存在感。

 実際、あのアリ共程度ならばこれで蹴散らせるだろう。


「カナメさ……」


 言いかけたエリーゼの言葉は、そこで中断される。

 弓に番えた黄金矢は更に輝きを集め、光の矢と化していて。

 引き絞られた弦も、その輝きが伝播するかのように淡く輝いている。

 その矢が狙うのは、ただ一点。

 こちらを目指し走り来る、竜鱗の巨人。

 つい先程までは脅威に思えたソレも……この輝きの前では、なんと矮小なことか。

 見守るエリーゼの前で、光の矢は静かに黄金弓から放たれ……轟音と共にその内に秘められた魔力を超高速で解放し、極太の光線と化していく。

 正面からその光線に突っ込む形となった竜鱗の巨人はその上半身を輝きの中に呑み込まれ……それでも足りぬとばかりに光は空を高く遠く貫き、彼方へと消えていく。


「……レクスオールの、矢」


 呆けたように呟くエリーゼの視線の先で、上半身を失った竜鱗の巨人の身体がぐらりと揺れ……背後にあるものを薙ぎ倒しながら倒れる。

 その衝撃で起こった地響きに揺られて、エリーゼはバランスを崩し背後へ倒れ……その途中で、慌てたような声をあげた要に抱きかかえられる。


「お、おいエリーゼ……大丈夫か!? まさか何処か怪我して……」

「……カナメ様」

「ん?」


 見たことのない魔法。

 欠けている常識と、その割には育ちの良さを感じさせる振る舞い。

 不可思議な黄金の弓と、今の光の矢。

 ならば、導き出される答えは。


「貴方が……貴方が、レクスオール様なのですか……?」

「違う」


 だが、要はエリーゼの問いにそう答える。


「俺は……ただのカナメだよ。一人じゃ此処にも来れなかった、それだけの奴だ」

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