村へと向かえ

「すっごい魔法だな……」


 キラキラと輝く氷壁を見上げながら、要はそう呟く。

 装甲蟻シルドアント達を完全に閉じ込めた氷壁はちょっとやそっとでは溶けそうにはないし、万が一この先に逃したものが居ても、簡単にこちらには来れそうには無い。

 まさに一発逆転の大魔法といった大技に要は素直に感心し、「うん、やっぱ魔法っていったらこういうのだよな!」などと言いながらエリーゼへと振り返る。


「……喜んでいただけて幸いですわ」


 だがエリーゼは疲れたような様子で杖をつき、肩で大きく息をしている。

 その目は要をじっと見ていて……要は何か不味い事を言っただろうかと冷や汗を流す。


「カナメ様……ひょっとして貴方、もう体力が回復されてますの?」

「え? ん……そういえば、なんかもうあんまり疲れてないような」


 先程までは確かに息も切れ切れだったのだが、今はそうでもない。

 今から走れと言われても出来そうなくらいであり……しかしまさか、エリーゼの大魔法で爽快な気分になったからというわけでもないだろう。


「身体の強化に回されている魔力はそれ程多いようにも感じなかったのですけれど……ひょっとすると、神官になる素質もあるのではなくて?」

「……そうなのか? 自分じゃよく分からないんだが」

「癒しや強化の類は神官の得意技ですわ」


 エリーゼはそう言うと、深呼吸し軽く身体を伸ばす。


「まあ、その辺りの事はさておき。カナメ様のドラゴン退治の信憑性がまた上がったのは確かですわね」


 正直な話をすれば、レッドドラゴンを倒したときの要にはここまでのことは出来なかった。

「光の矢」を放っただけで倒れてしまったし、あんなに色々な矢も撃てなかった。

 だが……今ならきっと。


「あのドラゴンがもう一度出てきても……今の俺なら、もっと上手く出来る気がする」

「それは素敵な光景でしょうけど……ドラゴンなんてものにそう簡単に出てこられては困りますわ?」


 そもそも、ドラゴンのような強力モンスターが外に出てきてしまっているという今回の事例が異常事態なのだ。

 普通はそうなる前に発覚するし、辺境の森の中だからといって騎士団の巡回が正常に行われていれば気付かないはずがないのだ。

 ……つまり今回のダンジョン隠蔽事件には、何かしらの騎士団の不正も絡んでいる可能性がある。

 副支部長の態度を見る限りでは支部の上の方が絡んでいるというわけでは無さそうだし、その可能性に気付いている様子もなさそうだが……それに気付けば、事を手早く小さく収めようと捕らえた冒険者の処刑を強行しないという保証も無い。

 だからこそ「ハインツを残せ」という副支部長の条件にもエリーゼは従ったのだ。

 少なくとも栄誉あるバトラーナイトたるハインツの前で堂々と約束破りは出来ないだろうし、ハインツがその冒険者についていれば「こっそり」も「無理矢理」も通じない。

 いわば、保険としてハインツを残すことをエリーゼは選んだわけだ。

 副支部長としては今は「バトラーナイトがこっそり手助けしないように手元で監視している」と思っているかもしれないし、最後までそうであれば何も問題はない。

 条件を粛々とクリアし、それで要は仲間を助けられてめでたしである。


「とにかく、もうドラゴンは倒したのです。それ以上のものなんて出ないでしょうし……あとはカナメ様次第でしてよ?」

「……ああ」


 真剣な表情で頷く要にエリーゼは微笑んで、手元の依頼書に書かれた地図に視線を落とす。

 問題があるとすれば要自身の実力についてだったのだが……これについては、期待以上だった。

 もう一人の実力がよく分からないのでなんとも言えないのだが、見たことの無い魔法と奇妙な弓を操る要の強さは平均的なレベルを遥かに超えている。

 どうにも全体的に奇妙な部分があるが、そこは今は推論を立てることしかエリーゼには出来ない。

 ……とにかく。真実がどうであるにせよ、エリーゼの中で要を見捨てるという選択肢はすでにない。

 

「まあ、この私がついている時点で成功は約束されたようなものですが……」

「それについては感謝してる。頭を下げたいところだけど」

「必要ありませんわよ?」

「そう言うと思った」


 悪戯っぽくハハッと笑う要に、エリーゼもクスリと笑って返す。

 そして、同時に思う。

 要は「歪んで」いない。

 約束は正確に履行される者と信じ、その為に邁進する純粋な目だ。

 

「冗談で時間を潰している場合ではありませんわよ、カナメ様。村まではもう少しですが、何がいるか分からないのです、気を引き締めてくださいませ」

「分かってる。油断はしないさ……此処から帰って、アリサを助けなきゃいけないんだ」


 弓を強く握る要に背を向けて、エリーゼは再び先導するように歩き出す。

 要にはああは言ったが、今までに出てきていたモンスターを倒せているのだから問題は無いだろう。

 そもそも、ドラゴンの暴れた村に他のモンスターが近寄っているかも怪しいものだ。

 そんな事を考えながら歩くと、開けた場所にエリーゼは辿り着く。


「地図だと……此処がその村とやらですわね」


 焼け焦げた建物や崩れた壁、野ざらしのままの炭化した死体。

 ドラゴンは余程見境無く暴れたのだろう、モンスターの死骸らしきものも転がっているのが見える。

 叩き潰された邪妖精イヴィルズの死骸などは、まるで悪趣味な押し花のような有様だ。

 目を背けようとして……しかしエリーゼは、その死骸のおかしさに気付く。

 おかしい。この死骸は、おかしい。

 叩き潰された死骸。

 ドラゴン相手ならば「踏み潰された」が正しいはず。

 まるで強い力で殴ったような、こんな死骸の在り方はおかしい。

 

「ドラゴンに殺される前に別のモンスターに? いえ、でも……」


 死骸を見下ろし考えるエリーゼの上空に、ふっと大きな影が差す。


「……え?」

「エリーゼッ!」


 エリーゼが空を見上げるのと要がエリーゼを抱きかかえて跳ぶのは、ほぼ同時で。

 エリーゼがたった今まで居た場所を何かが叩き砕いたのは、その一瞬後のことだった。

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