夜明け前2

「おはようございますお嬢様、アリサ様」


 ベッドから立ち上がり礼をするハインツをアリサは睨みつけ、ベッドに腰掛けている要の隣に乱暴に座る。

 エリーゼから借りでもしたのか随分と着心地の良さそうな寝巻きを纏ったアリサは可愛らしく、少し良い香りがふわりと漂ってくる。

 

「……何? カナメ」

「え? あ、いや。なんで隣に?」

「なんでって……此処、椅子ないし」


 言われてみれば、ベッドはあるのに椅子も机も無い。

 随分と不思議な部屋もあったものだが、寝るだけならこのくらいで充分なのかもしれない。


「おはようございます。よく眠れまして? カナメ様」

「え、あ、ああ」


 そんな事を言いながらエリーゼはアリサとは反対側に座ってくるが、こちらもアリサ同様の香りが漂ってくる。


「で、何のお話でしたの?」

「え? 聞いてたんじゃ」


 だから乱入してきたんじゃないのかと問う要に、エリーゼは口元を隠すようにして笑う。


「あら、嫌ですわ。「何か話してる」とか言って扉に耳くっつけてたのは、アリサですもの。私はそんなはしたない真似致しませんわ?」

「そ、そうなのか……」


 何処から聞かれていたのだろうかと考えながらアリサへと視線を向けると、アリサはムスッとした顔でハインツを睨みつけている。


「冒険者を搾取される側とは、言ってくれるじゃない。商人だっけ? そういう商売してんの?」

「とんでもございません。私共は常に良い品のみを扱っております。それにアリサ様も冒険者であるならば、そういった側面があるのはご存知でしょう?」

「否定はしないよ。ギルドの連中はクズだし、依頼者だってロクデナシが多いしね。つまり、「普通の人」にはそういう「搾取しようと考える」連中が多いってことでしょ? 私、カナメにはそんな生き方はしてほしくないな」


 火花でも散らしそうな二人を余所に、エリーゼは楽しそうに要の肩をつつく。


「カナメ様は、どうされたいんですの? よく分かりませんけど、カナメ様の今後の話をされてるのでしょう?」

「え? ん、んんー……正直、よく分からない。だから悩んでるんだけど」


 要のいまいちハッキリしない言葉に、エリーゼは「うーん?」と言って首を傾げる。


「つまり、目標がないってことですの?」

「そ、そうなるかな」


 なんだか夢の無い若者みたいな扱いをされたようで少しばかりショックだが、仕方の無い事だと要はぐっと堪える。

 エリーゼ達は信用できると思うが、まさか「異世界からやってきた」などという話をあちこちで吹聴して回っていいとも思えない。


「そうなんですのね……カナメ様には大きな目標があるものとばかり思っておりましたわ」

「そ、それは買いかぶり過ぎだろ」

「そんな事はありませんわ。私、こう見えて人を見る目には自信がありますのよ?」


 すっと腕を絡めてくるエリーゼから伝わる暖かさに要は「え、あ」と情けない声を漏らし……次の瞬間、反対側の腕を抓られる痛みに奇声をあげる。


「ちょっとカナメ! カナメの話をしてるんでしょ!?」

「い、いてっ! マジでいた……たたた、タンマ! アリサ、いでえっ!」

「ちょっと、暴力はおやめなさいな!」


 手を伸ばしたエリーゼがアリサの手をはたくが、アリサは要を挟んで反対側にいる為……偶然……そう、偶然にもエリーゼの胸が要の腕に強く押し付けられる形になってしまう。

 しかしそんな事を言えば変態扱いされるかもしれない。

 なんでもないかのように平静を保とうとする要の顔はしかし、隠しきれない赤みを帯び……それに気付いたエリーゼが、パッと要から離れる。


「あ、あら嫌ですわ。私ったらはしたない……」

「はは……」


 適当な笑みで誤魔化そうとする要の顔を、正面に回り込んだ真顔のアリサが覗き込み……その冷たい目に、要の顔からもすっと血の気が引いていく。


「……今、カナメの話しててさ。忙しいところ申し訳ないけど……カナメにも参加してもらって、いいかな?」

「あ、ああ。えっと、何処まで話したっけ?」

 

 要がさっと目をそらすと、アリサは再び要の横に座りなおす。


「何にも進んでないよ。結局は要がどうしたいかって話」

「ど、どうしたいかって言われてもなあ」

「無限回廊は何も示してくださいませんでしたの?」

「いや、アリサの事だけで後は……」


 言いかけて、要とアリサは同時にエリーゼへと振り向く。

 

「……やはりそうでしたのね。それなら説明がつきますわ」

「な、なんで……」


 カマをかけたにしても、あまりに的確過ぎる。

 無限回廊の話などエリーゼにしたことはないし、あの森でアリサと会った時からは口にしたこともない。

 ならば、何故。


「簡単ですわ。カナメ様ってば、あまりにも常識がございませんもの。正直、生きてこれたのが不思議な程ですわ?」


 些細な事であれば「冒険者ならまあ……」で済む。マナーなどというものは習わなければ分からないことだし、特に礼儀作法に関してはそうだ。

 だが、要は礼儀作法に関しては色々おかしい部分はあるものの妙な部分で「わきまえた」行動をとることがある。

 性格的には非常に善良で純粋であり、箱入り息子だと言われても納得いくような世間知らず。

 その割には文字が読めない事は、昨日の酒場で確認済。

 学の無い冒険者であっても必死に最低限の文字は覚えようとするものだが、要が今までの人生でそこに意識がいかないとはエリーゼには思えなかった。


 決定的なのは、見たこともない……それでいて強力極まりない魔法と、不可思議な弓。

 豊富な魔力の件もあわせ、これだけ条件が揃っていれば「私はこの国じゃない場所から来た特別な人間です」と大声で宣言しながら旗まで背中につけて歩いているようなものだ。 


「秘されてはおりますが、無限回廊が人間を連れてきた事例は過去にもございますのよ?」

「え……」

「ちょっと、何それ!? そんな話聞いたことも……」


 アリサの反応にエリーゼは「当然ですわ」と笑い……ハインツが、その後を引き取るように続ける。


「宝石商という職業柄、色々な噂話も聞こえてまいりますので。秘されている話といえど「噂話」という形で話したい方はいらっしゃるものなのです」


 勿論、そんなことはない。

 エリーゼが王族の一員だから知っているだけで、宝石商にそんな事をペラペラと話してしまう者は流石に居ない……はずである。


「暴虐王トゥーロ。彼もまた……無限回廊を通ってきた者だと、そう言われています」

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