再び森の中へ

そして、再び要は森の中にいた。

 あの時はアリサと二人で脱出して。

 今はエリーゼと二人で、村に戻る為に進んでいる。


「カナメ様の武器は、その弓ということで宜しいのですわよね?」

「ん、ああ……」


 腰につけたナイフに視線を落とす要だが、まだ上手く使えるわけではない。

 先行するエリーゼの手にもナイフがあるにはあるが、その用途は邪魔な枝や草を掃うためにあるようだ。


「でしたらもう少し、矢には気を使ったほうがよろしくてよ。そんな安物の矢では弓が泣くというものですわ」

「あ、ああ」


 言われて要は、矢筒にそっと触れる。

 矢筒のついでにと貰った矢だが、まあそんなものが高級品であるはずもない。

 キラキラと輝く黄金の弓と比べれば、随分と格が落ちるのは間違いないだろう。


「そ、それよりさ。エリーゼは魔法使いだったのか?」


 今はナイフを持つ手とは逆の手に握られている金属杖。

 要はそれを指差して誤魔化すように言うが、枝を払っていたエリーゼの動きはピタリと止まり……要の方を振り返る。


「それを言うなら魔法士でしてよ、カナメ様」

「そ、そうか」

「まあ、私が魔法士かと聞かれればその通りですわ。幸いにも、そちらの才能がございましたので」


 そう言ってエリーゼは再び枝を掃い……そこで、ピタリと足を止める。


「カナメ様、準備を」

「モンスターか……!?」

「ええ。それも結構な大物でしてよ?」


 杖を構えるエリーゼの視線の先。

 まだ距離はあるが、木々の間に見える大きな灰色の何か。


「あれって……あの灰色の巨人か!」

下級灰色巨人デルム・グレイゼルトですわね。下級デルムとついていても、侮れる相手ではありませんわよ?」


 そう言って、エリーゼは要の方へと振り向く。


「幸いにもまだ気付かれていませんわ、カナメ様?」


 お手並み拝見ということなのだろう。

 まあ、アレを倒せずしてドラゴンなど倒せるはずも無い。

 これはエリーゼなりの要への試験。そう悟った要は弓を構え、矢筒に手を伸ばしかけて……しかし、その手を止める。

 この矢では、アレは貫けない。

 ……だが、要には分かる。アレを貫ける矢を用意する方法が、要の頭の中にはある。


「……矢作成クレスタ静かなる森の矢フォルゼスアロー


 要が近くに落ちていた枝に触れてそう唱えると、枝は光に包まれ三本の木製の矢に変わる。

 やじりまでもが木で出来ている不可思議な矢だが、濃い魔力が込められているのがよく分かる。


「それは……魔法、ですわね。でも、そんな魔法……」


 エリーゼの疑問には答えず、要は矢を弓に番える。

 今までの生活で弓など触れたことも無い要だが、不思議と使い方が分かる。

 まるで、誰かにこの黄金弓の使い方全てを流し込まれたような、そんな感覚。

 だが、それを気持ち悪いとは思わない。

 この力がレッドドラゴンからアリサを救い……そして今、アリサを救う役に立つ。

 ならば、疑う理由など何処にも無い。

 自分を見つめるエリーゼの視線を感じながら、木々をバキバキと倒しながら歩く下級灰色巨人デルム・グレイゼルトに要は弓を向け……放つ。

 ただそれだけの何の工夫もない動作だというのに、矢は要の手元を無音で離れ……木々の間を縫うようにして飛んでいく。

 

「……っ」


 その矢の動きを驚いたような目で見つめるエリーゼを余所に、要は二本目の矢を弓に番え放つ。

 その矢もやはり一本目同様に飛んでいき……その瞬間、鈍い悲鳴のような音が聞こえてくる。


「頭部に……カナメ様の腕というよりは、矢の……」

「そうだな。この矢にはこういう能力があるらしい」


 言いながら、要は三本目の矢を放ち……視線の向こうで、二本目の矢が下級灰色巨人デルム・グレイゼルトに突き刺さる。

 使い方は分かる。だが、どれがどんな能力を持っているのかは要には分からない。

 そしてどうやら静かなる森の矢フォルゼスアローでは、あの大男のモンスターを倒すほどの威力はないらしい。


「なら、今度はこれだ。矢作成クレスタ叩き砕く岩の矢ヴェガルアロー


 地面に触れ唱える要の手の中に、一本の矢が現れる。

 それは濃い茶色の……つるりとした感触の矢。

 先程より若干強い魔力の篭ったそれを弓に番えると、何処からか襲ってきた攻撃の主を探して見当違いの場所で暴れる下級灰色巨人デルム・グレイゼルトに向けて放つ。

 先程とは違い、茶色の矢はガオンという凄まじい音を鳴らしながら放たれ……その音に気付き要達の方へと向かってきた下級灰色巨人デルム・グレイゼルトの身体に着弾し、大穴を開ける。


「ガアッ……」


 そんな断末魔を残して仰向けに倒れた下級灰色巨人デルム・グレイゼルトはそのまま動かなくなり……それを見て要はふうと息を吐く。

 あの「光の矢」のようなことになったらどうしようかと思ったが、どうやらあんなものだらけということもないようだ。


「……やはり、知らない魔法ですわ。そんな魔法、王都でも売っているのを見たことがありませんもの。カナメ様、貴方そんな魔法何処で……」

「ん、まあ……それより先に進もう。あんまりゆっくりもしてられないだろ?」


 そういって誤魔化す要にエリーゼは不満そうな顔をするが……「後で説明していただきますわよ」と言うと、再び先導するように歩き始める。

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