魔法
そんなエリーゼの様子を見て、要は「不機嫌になったな……」と内心で冷や汗をかく。
協力しているのに隠し事をされているのだから当然といえば当然の反応なのだろうが、かといってエリーゼに何処まで話していいものか分からない。
何しろ、この世界のことについて要はほとんど何も知らないままなのだ。
アリサがいれば上手く誤魔化してくれるのだろうか……などと考え、要は慌てて首を横に振る。
今はアリサには頼れない。いや、「頼る」という思考自体がダメなのだ。
それでは、いつまでもアリサに頼りっきりになってしまう。
そもそもこれは、要とエリーゼの問題なのだ。要の為に力を貸してくれているエリーゼに、要は可能な限りで努力をする義務があるといってもいい。
「えーと……さ。そういえばエリーゼは手馴れてるよな、こういうの」
依頼書を手に進むエリーゼの後姿に向けて、要はそんな言葉を投げかける。
要は全く知らなかったのだが……「貼り出し型」の依頼書というものは、職員の手間を省く為に裏面に目的地までの簡単な地図がついているものらしい。
要はそれと実際の地図などを重ね合わせれば位置は簡単に把握できるものなのだそうだ。
「……まあ、冒険者に限らず旅をする者の基本ですわ」
「そっか。俺はそういうの全然ダメだから、すごいな」
「それもどうかと思いますわよ?」
全くの正論を投げつけられて、要はうぐっと唸る。
まさにその通りなのだが、そんな直球でなくてもいいじゃないか。
そんな事を思いつつも、屁理屈で返すことすら出来ずに要は無言になり……しかし、突然立ち止まり振り返ったエリーゼに見つめられ、要は思わずのけぞりそうになる。
「……今のはひょっとして、私の機嫌をとろうとしていたんですの?」
「あー……いや」
そうだと言っても違うと言っても角が立ちそうな気がして要は目をそらすが、エリーゼは困ったような顔でクスッと笑う。
「別にそんな事をせずとも、今更この件から降りたりしませんわ。私にとっても、これは賭けのようなものですもの」
「賭けって……」
「あら、賭けでしょう? もし貴方が口だけの殿方であったなら、私はそんなものに引っかかって騎士団にケンカを売った大間抜けですわ。ですから、そうではなさそうで少し安心してるんですのよ?」
編み髭シェプキンスに並ぶ馬鹿と言われずに済みそうで幸いですわ、などと語るエリーゼだが……なるほど、確かにエリーゼの言うとおりだと要は思う。
今回の件はエリーゼにとって、得るものなど何もないはずだ。
証拠だって何処の誰とも分からない要の証言しかないのに、それでもエリーゼ達は助けてくれている。
それを賭けだと呼ばずになんだというのか。
だというのに、要はエリーゼに何が出来ているのか。
「……なんだか、すまん。今更ながらとんでもない事に巻き込んでるな」
「あらあら。今更仰る事でもなくてよ?」
微笑むエリーゼに要は再度「すまん」と言って頭を下げ……しかし、その下げた頭の額を、エリーゼに抑えられる。
「頭なら、もうこの件をお願いされる時に下げて頂きましたわよ?」
「え、そ、そりゃそうだけどさ……」
「簡単に頭を下げることに慣れては、自身の価値も下がりましてよ。「それ」は、相手に対する自身の最大の気持ちの示し方と心得なさい」
そう言われてしまっては、要にはどうにもできない。
「そ、そうか」
「ええ、そうですわよ……それより」
エリーゼは杖を持ち上げると、要の腕の下から突き出すようにして要の背後へと向ける。
「
「ギイッ!?」
何かの射出音と悲鳴……そして、バキンッという破裂音にも似た音。
続けて襲ってくる冷気に、要は慌てて背後を振り返る。
すると、そこには「何か」の入った氷の塊が出来ていた。
氷の中にあっては色までは分からないが、何やら恐ろしげな顔をした小人がその中にいるのが分かる。
「あれは……モンスターか?」
「どう見ても
言うと同時にエリーゼの身体から小さな魔力がピリッと飛んできたような感覚を要は感じるが、先程の魔法の余波か何かだろうと勝手に納得する。
「どっかに隠れてるんじゃないのか?」
言いながら要が辺りを見回すと、エリーゼはそんな要の顔を見上げて「うーん」と小さく唸る。
「適正がないとは思えませんし……本当に魔力の使い方をご存じないのね」
「つ、使い方……?」
「カナメ様は、私の見た限りでは魔法士の才能がありましてよ。先程の魔法も知らない魔法でしたが、実にお見事でした。ですが……一度でも魔法屋に入ったことがあるならば、
たとえ買わずとも知らないというのはありえませんわ、とエリーゼは続ける。
その魔法屋という店の存在も知らないので要にはどうしようもないのだが、じっと見上げてくるエリーゼはやがて「ふむ」と頷いて身を翻す。
「まあ、今はいいですわ。此処に留まっていたら何が出るか分かりませんもの」
「そ、そうか」
「ええ。言っておきますけど、比喩じゃありませんわよ?
言われて、要は先程のピリッとした感覚の正体に気づく。
「な、なんでそんな魔法!」
「先手をとるには便利だからでしてよ。さ、カナメ様。走りますわよ!」
何処か遠くから聞こえてくる唸り声を余所に、要とエリーゼは森の中を走り始めた。
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