出撃

エリーゼに連れられるままに黒犬の尻尾亭に戻った要は、部屋に設置されたクローゼットからマントを引っ張り出しているエリーゼに「なあ」と声をかける。

 なんとなく流されてしまったが、本当にこれでいいのかという思いは消えない。


「よく分からないけどあの人、護衛か何かなんだろ? それを残しちゃっていいのか?」

「カナメ様がいるじゃありませんか」

「いや、俺は……」


 レッドドラゴンを倒したといっても、アリサがいてこそだという自覚はある。

 彼女が来てくれなければ、要などあっさり殺されていたのは間違いない。


「確かにハインは強いですわ。王国でも数人もいないバトラーナイトですもの」

「結局、そのバトラーナイトっていうのも何なんだ?」

「簡単に言えばヴェラール神殿の認定する最高の騎士ですわね」


 天秤の神ヴェラール。

 あらゆる全ての正しさを測る天秤を持つと言われ、法や基準……規律などを司ると言われている。

 故にヴェラール神殿では規律や礼節などの大切さを民衆に説く神殿として各地に存在するが、法を司るというヴェラールの性質故に騎士団も新たな騎士の叙任などの際にはヴェラール神殿で祝福を受けるのが通例となっている。


「つまり騎士でヴェラール神殿に関わらぬ者などいないわけですが……規律と礼節を大切にする職業といえば、他には何か想像できまして?」

「え? ん、んー……神殿で働く人、とか?」


 要の自身なさげな答えにエリーゼは肩をすくめると、クローゼットから大き目のマントを取り出して要に放り投げる。


「間違いではありませんけど。答えは使用人ですわ。つまりメイドや執事ですわね」

「ふーん?」


 まあ、そういうこともあるだろうか。

 要がなんとなく納得していると、エリーゼが近寄ってきて要の頬をぐにっと抓る。


「鈍い殿方ですわね。もう答えを言ったようなものじゃありませんの」

「え? な、何がだよ?」

「ですから! ハインは執事にして騎士! バトラー執事ナイトだと言っているんですのよ!」

「はぁ!?」


 そんな奇妙な組み合わせは聞いたことが無い。

 確かに執事っぽい格好をしていたし執事であるみたいな事も自称していたが、どうしてそれと騎士を組み合わせようと思うのか。

 ヴェラール神殿とやらは一体何を考えているのか?

 様々な感情を含んだ表情で要が「なんでそうなったんだよ……」と呟くと、エリーゼは深い溜息をついて首を左右に振る。


「本当に何もご存知ないのですわねぇ。でも、神官騎士のことはご存知でしょう?」

「あ、いや。語感的になんとなく分かるけど……」

「呆れましたわ。無知にも程がありましてよ?」


 神官騎士。その名の通り、神官であり騎士である。

 そもそも、この騎士というものであるが……ザックリといえば「何処かに仕える戦闘要員」のことをいう。

 つまり主人あっての騎士であり、その本分は主人の為に尽くすことにある。

 具体的には各地方の貴族の雇う騎士、王族の雇う国直属の騎士。

 そして、神殿……正確には聖国の各神殿が認定する「神官騎士」がある。

 その役割は様々だが、その中でもヴェラール神殿はその性質故に少しばかり特殊であった。


「まあ、簡単に言えば……ヴェラール神殿の教えをより強く体現できる存在を求めたのですわ」


 法や基準、規律などを司る天秤の神ヴェラール。

 その教えを強く体現するには、ありとあらゆる面で目指すべき基準となりうる能力を持つ者が必要である。

 そんな考えの下に生み出されたのが「生活、戦闘、その他あらゆる面で理想的な能力を持つ」従者……メイドナイトやバトラーナイトと呼ばれる者達であった。

 そしてヴェラール神殿は世界中に大々的に認定開始の告知を出したが……しかしながら、世の中は上手くいかないもの。ヴェラール神殿の設定した「基準」に届く者は中々おらず、メイドナイトやバトラーナイトは「狭き門」となってしまった。

 そしてこうなると面白いもので、「あのヴェラール神殿の認める最高の従者を是非召抱えたい」という要望があちこちから届くようになってしまったのだ。

 酷い例になると「是非そうなるように鍛えて欲しい」と人を送り込んでくる貴族もいて、ヴェラール神殿は頭を抱えてしまった。

 ヴェラール神殿としては「こうなりたい」と基準になり教え導くような者を用意したかったのであって、貴族のステータスになる飾り物を作ろうとしていたわけではない。


「……どうなったんだ? それで」

「簡単ですわ。「彼等は自ら仕えるに相応しい主人を選ぶ。選んで欲しくばヴェラールの教えを胸に刻み、日々励め」と、こう宣言したわけですわね。言外に人を送り込んでも無駄だぞ、という意味を込めることで牽制もしたわけですわ」


 そして現在でも狭き門であり続け、聖国のヴェラール神殿の近くにはメイドナイトやバトラーナイトが誕生した時に勧誘する為に各国の貴族や王族が雇った者達がいるという。


「凄い人だったんだな、あの人」

「そうですわね。で、その主人たる私はもっと凄いということですわ!」

「……いや、聞く限りじゃヴェラールはそういう考え方嫌いなんじゃないか?」


 サッと目をそらすエリーゼにやっぱりか、と思いつつも要は押し付けられたマントを纏い、その上から弓を背負う。


「なあ、このマント大きいけど、ひょっとして」

「ハインのですわよ。どうせあいつはこの街で待ってますから、構いませんわ」


 濃茶色のマントはかなりの高級品のようで、アリサに貸してもらっていた緑のマントよりも大分着心地がいい。


「さて、と。ここからは忙しくなりますわよ。忘れ物はありませんかしら?」


 言われて、要は此処に持ち込んできた荷物袋……アリサが買ってくれた「要の荷物袋」を背負う。


「ああ、問題ない」

「よろしい。では向かいますわよ」

「って、おい。場所……」


 俺は案内できないぞ、と気弱なことを言いかけた要であったが、エリーゼは懐から一枚の紙を取り出して振ってみせる。


「依頼書がありますもの。何も問題ありませんわ?」


 そう言ってエリーゼは荷物袋を背負うと、棚から金属製の長い棒のようなものを取り出す。

 先端に大き目の青い宝石のついたソレは、アリサがドラゴン戦で使ったものよりも大きく……如何にも「魔法使いの杖」といった感じのものだ。


「さ。もう無駄話している時間はなくてよ。ドラゴンを倒したという実力……しっかり拝見させていただきますわ」

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