騎士団と交渉しよう2

「レッド、ドラ……いや待て。それは何の話だ」

「当然、今回のお話ですわ。そちらが捕らえた冒険者とこちらのカナメ様は、今回の現場でレッドドラゴンを倒しておられます。それが何よりの証拠」


 今回の現場でレッドドラゴンを倒した。

 それの示す意味に、近くに居た騎士達が足を止めざわつき始める。

 当然の反応ではある。いくらダンジョンの決壊に対処するのが騎士達の仕事の一つとはいえ、限度というものがある。

 ドラゴンの吐くブレスには鎧の防御など通用しないし、盾を構えれば防ぎきれるというものでもない。

 当然ながら硬い竜鱗は生半可な剣や矢を弾き、魔法に対してもある程度の耐性がある。

 基本的にダンジョンの下層に生息しているという「そんなもの」が外に出てきているのであれば、「対処」は討伐ではなく一時的な避難を考えるべきレベルになってきているのだ。

 だが、それを倒したという。それは事実であれば素晴らしい手柄なのだが……。


「……信じがたいな。それに、レッドドラゴンを倒した事と隠蔽に何の関係がある。いや、むしろ疑いが増した。それ程の実力があれば隠蔽をも考えるだろう」


 何が出てきても倒せるという自信があるからダンジョンの隠蔽という犯罪行為に踏み切った。

 つまりはそういう理屈だが、エリーゼはそれをも「フン」と笑い飛ばす。


「いいえ、逆ですわ。それ程の実力があれば、ダンジョンを隠蔽する意味はありませんもの。隠蔽しようなどと考えるのは、小物の思考ですのよ?」


 そもそもダンジョンを「隠蔽」などしようという考えが生まれるのは、ダンジョンの中で見つかる各種のモンスター由来の素材や魔法の品から得られる利益や恩恵を独占しようとするからである。

 そして当然ながらダンジョンに深く潜れば潜る程単価が高い物が見つかり利益が増す。

 つまり、レッドドラゴンを倒せる実力者がダンジョンを隠蔽して独占すれば、確かに凄まじい量の宝の山を積み上げる事が出来るはずだ。


「ですが、それは積み上げるだけなら……という前提になりますわ」


 常識だが、高く売れるモノというものには高い理由がある。

 細かい差異をさておけば「貴重」であり、「入手難易度が高い」ものであり、なおかつ「誰もが欲しがる」ものであれば簡単に値段が上がる。

 つまり手に入れれば「高く売れる」わけだが……ここで、一つ例をあげてみよう。


 街の古物商に、一人の男が貴重な魔法の品を持ち込んできた。

 高値で買い取っても更に高く売れる事が見込めるような品であるそれを、古物商は買い取るか否か。

 この質問を実際の古物商に投げかけると、大体の古物商は最初にこう質問をしてくる。

 すなわち、「出所はハッキリしているのか」である。

 

 いくら儲けられる品だろうと、犯罪の匂いがべったりと染み付いたものを買ったり売ったりしようとする者はそう多くない。

「何処でも手に入るそれなりの品」であればそのリスクを無意識で無視する者も多いのだが、「一定以上の額」では話は別というわけだ。


「理解できまして? つまり、ある一定のラインを超えることでダンジョン隠蔽のデメリットがメリットを上回る。レッドドラゴンを倒せる実力があるならば、むしろ積極的に報告して出所をハッキリさせた方が儲けられますもの」


 いくらダンジョンを独占しても、捌けない宝ばかりが溜まっては仕方がない。

 それを金に換えなければ生活は成り立たず、逆に言えば「捌ける宝」を手に入れるのが限度であればリスクを許容できるというわけだ。

 そして「レッドドラゴンを倒せる」アリサや要が、ダンジョンを隠蔽する理由が無い。

 目先の小金目当てに極刑にならずとも、堂々と大金を稼げるからだ。

 分かりやすくいえば、目の前の金貨の山を無視して崖下の銅貨を追うような行動をするわけがない。

 

「……だがそれは、本当にレッドドラゴンを倒せる実力があるなら、の話だろう?」

「あら、お疑いで?」

「疑って当然だ。ドラゴンは子供がお使いにいったついでに狩れるようなものではないんだぞ」


 そう、エリーゼの語った事は全て「要達がレッドドラゴンを倒した」という前提に基づくものだ。

 それを証明できなければただの戯言であり、証明がもっとも難しいものでもある。


「その理屈で言い張るならば、証拠を見せたまえ。出来るのならな」

「あら、では証拠を見せれば納得すると?」

「買ってきた鱗を証拠だと言い張るのはやめてくれよ?」


 副支部長の言葉には、「そうするつもりだったのだろう?」とでも言いたげな馬鹿にしたかのような含みがある。

 確かにこの場でレッドドラゴンの鱗を見せたところでそう言われるのは予想がつくし、そもそも要はそんなものを持っていない。

 だがエリーゼは不敵な笑みを崩しもしない。


「あら、何を仰るのかしら。現場に行けば取り放題だというのに、わざわざ買う必要がありまして?」

「……我々に確認しに行けと言うつもりかね」


 本当にドラゴンが出てきているのであれば、この支部だけでの討伐隊編成は意味が無い。

 住民を一時避難させ、男爵家の持つ騎士団の精鋭か、あるいは周囲の貴族や王直属の騎士団に増援を要請するような「領主判断」の案件となる。

 しかし「極刑が確実の容疑者」が無実である証拠がそこにあり、それを確認しないのが騎士団の怠慢、あるいは真犯人を隠す為の隠蔽行為であると「上」にでも訴えられようものならたまらない。

 ……が、だからといって確認もせずに釈放するわけにもいかないし、いつまでも釈放も処刑もせず捕らえたままでは責任問題になってしまう。

 勿論非常事態であるから目こぼしはされるだろうが……あまり気持ちのいいものでないのは確かだ。

 ならば、どうするか。

 いっそ支部長に全部投げてしまうかと副支部長が考え始めたところで、エリーゼが自身の胸元にそっと手を当てて微笑む。


「私達が確認しに行きますわ。ドラゴンが出てくるような末期の状況の森を抜けて、倒したレッドドラゴンの死体から証拠を剥ぎ取ってまいりますわ。それで証拠になるのではなくて?」


 ……確かに、それで「指定した部位」をとってこれるのであれば証拠にはなるだろう。

 ドラゴンには及ばずとも相当の実力を持ったモンスター共が溢れているであろう森を抜けて、ドラゴンの身体の一部をとってくる。

 それが出来るのであれば、確かに「証言の真実性に疑いあり」と出来る。

 出来る、が。


「そこのバトラーナイトの男の同行は禁じる。そこの男と、提案者の君だけで行いたまえ。指定する部位は牙だ。それでいいなら、提案にのろう」

「よろしくてよ。ハイン、今の副支部長様の言葉を確かに聞いたわね?」

「はい、エリーゼ様。このハインツ、「契約」の成立を確認いたしました」


 あまりにもアッサリと同意したエリーゼの反応に、副支部長が逆に目を丸くする。


「ま、待ちたまえ。そんなにアッサリと」

「これ以上の問答は要りませんわ。それより、私達が帰ってくるまで余計な事をしないでくださいませ?」


 要の手を引いて身を翻すエリーゼの肩を掴もうとして、しかし副支部長の手は間に入ったハインツによって払いのけられる。


「すでに契約はなされました。早速ですが、貴方達が捕らえた方の無事を確認させて頂きます。よろしいですね?」


 門から出て行くエリーゼ達を追う事も出来ず、副支部長は「案内してやれ」と近くの騎士に声をかけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る