助けてほしい

「た……助けてほしい、と言われましても」


 要の必死の言葉に、エリーゼは戸惑ったようにハインツへ視線を送る。

 ハインツはその視線を受けて前に進み出ると、要の肩に手をかける。


「まずは顔をお上げください。そして、どうぞ中へ」


 そう言って要を誘導するように力を加え、部屋の中へと入れる。

 その要が抱えている荷物に目を向けると、ハインツは「ふむ」と呟き自分も中へ入る。


「荷物はどうぞその辺りに。そんなに抱えていては重いでしょう?」

「あ、ああ」


 二人分の荷物袋を抱えていた要はそう答えると、床にどさりと荷物袋を下ろす。

 同時に鞘に収まった剣も床に転がるが、確かこんなものはつけていなかったはずだな……とハインツは日中にあった要の姿を思い出す。

 妥当な答えがあるとするなら要の相棒か何かの荷物だろうが、恐らくはそれ絡みで何かあったのだろうとハインツは予想する。

 金で解決できる問題であったとして、それを借りにきたのだろうか?

 金貨袋のことを要が覚えているなら、そうであったとしても不思議ではないとハインツは考える。

 とはいえ、ハインツからそう切り出すのも問題だろう。


「……さて、聞かせてください。私達にどのようなご用件でしょう? 助けてほしいとは、具体的には?」

「……仲間が、捕まったんだ」

「おや」


 まあ、ここまでは予想通りだと思いながらハインツはそう返す。

 たちの悪い賭場で負けでもしたか、まあそんなところだろう。

 となると、解決方法は金だろうが……。


「でも、無実なんだ。でもどうやってそれを証明したらいいのか分からない」

「……無実?」


 よく分からない方向に話が流れたのを感じ、ハインツはこめかみを指で叩く。

 賭場の負け云々で「無実」などという単語は出てこない。

 となると、自警団か騎士団か……。


「ああ。俺の仲間が……ダンジョンの隠蔽と決壊に関わった容疑をかけられてる」

「ダッ……ダンジョ……!?」


 ドアの側であくびをしていたエリーゼが、その単語に一気に頭を覚醒させる。

 ダンジョンの隠蔽と決壊。

 それに関わる容疑ともなれば、極刑は免れない。

 減刑もないし、情状酌量だって有り得ない。

 国家の存亡にも関わる重大な犯罪である。

 当然だが、軽々しくかけていい容疑ではない。

 信じるに足る証人か、証拠が見つかったと考えるのが妥当だ。

 それを、何をもって要は無実と言っているのか。


「……カナメ様。それを覆すのは非常に難しくてよ。助けろと気軽に仰いますが、まさかお金で解決できるとでも?」

「知恵を貸してほしい」

「知恵?」


 金ではなく、知恵。その真意が分からずエリーゼは何かの言葉遊びかと聞き返すが、要の真剣極まりない目に本気の意思を感じ……それ以上を言えなくなってしまう。


「ああ、俺は人より常識が無い。あいつが無実だってのは分かってるのに、それを証明する方法が分からないんだ」

「カナメ様が、その方を無実と信じる根拠は何処にあるのですか?」

「あいつは……アリサは、依頼で村に行ったんだ。あ、そうか! ギルド……ギルドになら証拠が!」

「お待ちを」


 ガタリと音を立てて身を翻そうとする要の肩を掴み、ハインツは「落ち着いてください」と要に呼びかける。


「そのアリサ様は、この街で依頼を受けたのですか?」

「……あ、いや。たぶん違う、けど」

「依頼の形式は? 紹介ですか? それとも貼り出し?」

「え? え?」


 ハインツの矢継ぎ早の質問に要は目を白黒させ、しかし同時に頭が冷えてくるのを感じていた。

 そう、それすらも要には分からない。


「わ、分からない。でもアリサは、村で金額交渉してた」

「なら貼り出しですね。となればたとえ依頼を受けたギルドに赴いたとて、たいした協力は期待できないでしょう」

「な、なんでだよ。ギルドの依頼なんだろ!?」

「カナメ様はお急ぎのようなので説明は省きますが、そういうものなのです。とはいえ、依頼書があるなら多少の証拠にはなりますか」


 言われて慌てて荷物袋の一つの中身を引っくり返す要に「お手伝いしましょう」と手を差し出しながら、ハインツは「どうしたものか」と考える。

 どうやら、想像以上の面倒事だ。要が本気でアリサという人物の無実を信じているのは分かるが、ハインツにはそこまで「アリサ」を信じる理由がない。

 正直、この件に助言以上で首を突っ込む理由が見当たらない。


「あら、これでなくて?」


 床に散らばった荷物の中から折りたたまれた紙を持ち上げたエリーゼに要が「見せてくれ」と叫び手を伸ばそうとして……しかし、エリーゼはその手をひょいと避ける。


「お、おい」

「カナメ様。そのアリサ様がダンジョンに関わる容疑で捕らえられたのであれば、その仲間であるという貴方が一緒に捕らえられていないのは幸運であると……まずはそこを理解されてますの?」


 エリーゼの質問に、要は答えられない。

 要が今この場にいるのは、アリサが要は関係ないと庇ってくれたからだ。


「貴方が関係者であると声高に叫び騎士団に乗り込むというのなら、もしその方の無実が証明できなかった場合……貴方も同じ罪で処刑になる可能性がありましてよ」

 

 そう、その場合はやはり極刑だろう。

 そこに例外は無いし、あってはならない。

 だからこそ要にエリーゼ達が出来る最適な助言は「全て忘れろ」になる。

 だが……要はエリーゼを真正面から睨み返す。


「……アリサは殺されるのを覚悟でドラゴンに立ち向かったんだ。俺が此処で殺されるのが怖いと逃げたら……それこそ、俺に生きてる価値なんてない」

「ドラ、ゴン?」


 何を言っているのかとエリーゼは首をかしげ、しかしハインツは「もしや」と呟く。


「ドラゴンと、戦ったのですか? 何処で……いや、まさか」

「村だ。プシェル村で、俺とアリサは赤いドラゴンと」

「そ、そんなものまで出てきているんですの!? それで、そのレッドドラゴンは!」

「倒した」


 要の端的な言葉に、エリーゼとハインツは目を丸くする。

 

 レッドドラゴンを見た、だけならともかく。

 レッドドラゴンを倒した……とは、この場で吹くホラにしては大きい。

 酒の場での自慢話ならともかく、そんなホラをこの場で吹くメリットはあまりない。

 エリーゼ達を味方につけるにしても、もう少し適切な嘘があるからだ。

 あまりにも突拍子が無さ過ぎて……しかしそれ故に「まさか」と思わせる。


「……どうやって、倒したんですの?」

「俺が、この弓で」


 要の答えに、エリーゼは静かに黙り込む。

 とんでもないほら吹きだと笑い捨てて後日の笑い話にしても誰もが納得するような、そんな話。

 酒の席で同じ事を語れば笑い飛ばされた後に「英雄殿に乾杯!」となり、素面で話せば狂人扱いで蹴り出されても文句は言えまい。


「それを、信じろと?」

「信じられないのも当然だと思う。でも、俺は」


 だが……エリーゼは薄く笑うと「ハイン」と静かに従者の名を呼ぶ。


「はい、エリーゼ様」

「準備なさい」

「仰せのままに」


 素早く部屋の中を動き始めるハインツには目もくれず、エリーゼは要に微笑みかける。


「カナメ様。貴方の仰った事が嘘偽りのない真実であると誓えまして?」

「ああ、いくらでも誓う」


 迷い無く答える要に、エリーゼは笑みを深めて頷く。


「……でしたら、全てをかける覚悟も当然お有りですわね?」

「ああ」

 

 やはり要の答えに迷いは無く。だから、エリーゼはこう答える。


「よろしい。ではこのエリーゼ、今回の件に力をお貸しいたしましょう」


 そう言って……エリーゼは、照れるように要を上目遣いで見上げる。


「……ですがその前に、私着替えますので。殿方は外に出ていらして?」

「あ、ご、ごめん!」


 叫び慌てて部屋の外に出て行く要を、エリーゼはくすくすと微笑みながら見送った。

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