騎士団へ行こう

 エリーゼ達に連れられた要が騎士団にやってきたのは、それから少し後。

 街の中心部にある立派な4階建ての石造りの建物の周りを覆うのは、やはり石を積んで造った頑丈な壁と金属製の重たそうな門。

 その門は開かれているが、金属鎧で完全武装の騎士が誰も通すまいと両脇に立っている。

 まるで要塞のような造りの建物に、要は緊張でごくりと喉をならす。


「ず、随分とごつい建物なんだな騎士団って……」

「有事の際の避難所も兼ねてますもの、当然ですわ」


 有事……が何を指すかといえば、一般的にはモンスターの襲撃である。

 街の壁や門を突破するようなモンスター相手に何が出来るという批判がないわけではないが、それでも「何も無い」よりは「何か備えがある」方が精神衛生的にはよかったりする。

 

「さて、では行きますわよ?」

「お、おい。行くって……」


 まだ作戦も何も聞いていない要だが、エリーゼとハインツはさっさと門へ向けて歩いていってしまう。

 置いていかれるわけにもいかず要もその後を追いかけるが……門に近づいた三人に反応して門の前に立っていた二人の騎士が移動し、行く手を塞ぐように立ち塞がる。


「そこで止まれ」

「冒険者か? 騎士団の人手は足りてんだ。仕事が欲しけりゃギルドか自警団に行け」


 一人の騎士はいかにも堅物そうだが、もう一人の騎士は要達を明らかに馬鹿にした様子である。

 ……が、堅物そうな騎士のほうも、もう一人の軽口を咎めないところを見ると「言わないだけ」で抱いている感情は同じなようである。


「いえ、今回はシュネイル騎士団レシェド支部に抗議に参りましたの」

「抗議ィ? こんな時間に何様のつもりだ、冒険者風情が」


 流石に今の発言は問題だったのか堅物そうな騎士が「おい」と諌めようとするが、その騎士は気にした様子もなく前に出てエリーゼを見下ろすように睨みつける。


「いいか、冒険者。随分派手なものつけてるみたいだが、お前等が忠誠心の欠片も無い根無し草だっていう事実は変わらねえ。国民みたいな面してんじゃねえぞ」

「あら、怖い。でも貴方の個人的な感想に意見するほど暇ではございませんの。早く上の方に取り次いでくださる?」

「なっ、この……っ」


 エリーゼを突き飛ばそうとでもしたのか、騎士は手を伸ばし……しかし、一瞬の間にエリーゼを背後に隠し入れ替わったハインツに驚き騎士は後ずさる。


「申し訳ありませんが騎士殿。エリーゼ様の仰るとおりでございます。我々は急いでおりますので、そこを通してくださるか取次ぎをお願いしたいのですが」

「……お前もまた妙な格好しやがって。執事気取りか? お前等のような怪しい連中を一々通している暇はねえんだ。用があるなら聞いてやるから此処で言え」


 話にならない。

 後ろで聞いているだけの要でも、そんな感想を抱いてしまう。

 格好だけは立派に騎士なのに、これでは路地裏のチンピラと然程変わらない。

 何しろ、理屈が全く通じていないのだ。

 これではこちらが何を言ったところで進展などしない。

 実際、ハインツの言葉を今この瞬間も騎士は聞き流し続けている。

 なら、どうしたら。

 

「……ふう。つまり、怪しくなければ宜しいのですね?」

「まあな。言っとくが、冒険者ギルドの保証なんざ通用しね……」


 言いかけた騎士の言葉は、ハインツが胸元から取り出したペンダントのようなものを見てピタリと止まる。

 要の位置からでは銀の鎖のようなものしか見えないが、黙って見ていたもう一人の騎士までもが身を乗り出しているのが分かる。

 一体何なのかと隣のエリーゼに説明を求めるように視線を送っても、エリーゼは悪戯っぽくウインクを返してくるだけだ。

 ……そして、先程まで散々暴言を吐いていた騎士から震えるような声が漏れ出す。


「……ぎ、銀剣と円環の紋章……? お、おい。これって」

「申し遅れました。私、あちらのエリーゼ様にお仕えしておりますバトラーナイトのハインツと申します。この紋章をお疑いでしたら、最寄のヴェラール神殿より今すぐ」

「た、たたた……大変失礼致しましたっ!」


 ハインツの言葉を遮り、二人の騎士は慌てたように敬礼のポーズをとる。

 慌てたあまりガシャンという実に騒がしい音が鳴り通行人が振り返るが、騎士達はそれを気にする余裕もなくしてしまっている。

 カチャカチャと絶え間なく響く音は緊張なのか、騎士達の顔色が青くなっているのが見て取れる。


「……では、取り次いでいただけますか?」

「い、いますぐっ!」


 先を争うように二人の騎士が走っていってしまったのを見て、エリーゼがプッと吹き出す。


「あらあら、門番が不在でしてよ? ハイン、貴方代わりにやってさしあげたら如何かしら?」

「申し訳ありませんが私は非才の身ゆえ、エリーゼ様のお世話で手一杯でございます」


 楽しそうに笑いあうエリーゼとハインツだが、要にはイマイチ面白いポイントが分からない。

 それに何より、何故いきなり騎士達の態度が変わったのかも意味不明なのだ。


「な、なあ今のって、なんで……」

「ハインツがバトラーナイトだと知ったからですわ。騎士なら誰でもヴェラール神殿の世話になりますもの。その象徴のような」

「あ、待ってくれ。まずそのバトラーナイトとヴェラール神殿のところから分からない」


 要の言葉にエリーゼは首を傾げ「何方でも知ってる話だと思ってましたけれど」と呟く。


「まあ、よろしいですわ。では」

「エリーゼ様、その話はまた後程。先程の騎士達が戻ってきました」


 ハインツに台詞を遮られたエリーゼは不満そうにハインツを睨むが、咳払いして門の正面へと向き直る。

 そうすると、ガシャガシャと鎧を鳴らした二人の騎士達が「お、お待たせいたしました!」と叫びながらやってくる。


「副支部長が応対するとのことです! どうぞこちらへ!」


 息を切らせた二人の騎士のうち一人が先導するように歩き出し……一人は再び門の前に立つ。


「きっと二人で来るなって怒られたんですわよ」とわざわざ聞こえるような大きさで要に囁くエリーゼに、門の前の騎士は顔を背ける。

 分からない事が増えてしまったが、とにかく「先」に進むことが出来た。

 その実感を胸に、要は騎士団の中へと足を踏み入れた。

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