宝石商な二人
「……ん、むうー……」
黒犬の尻尾亭の三階の最奥の部屋。
一番高くて一番立派なその部屋のベッドで寝ていた少女は、目をこすりながら身体を起こす。
開けっ放しにしていた窓の外から何やら五月蝿く扉を叩くような音が聞こえてきていたからだが、その窓から外を覗いている男の姿に気付き少女は大きくアクビをする。
「ふわああ……んむ。何事ですの、ハイン?」
「大口開けて欠伸とは……はしたないですよ、エリーゼ様」
そう、その少女は要と会っていた自称・宝石商のエリーゼである。
縦ロールはゆるやかなカールに変わり、服は着心地の良さそうな布で作られた寝巻き。
眠そうな目も合わせれば幾分か清楚な印象に変わったエリーゼは、ハインツの苦言にうるさそうに手を振る。
「誰も見てないのですから構いませんわ。そんな事より私の質問に対する答えがまだでしてよ」
ハインツがいるのだが、どうやら数には入っていないらしい。
まあ、従者の事を一々気にしていても仕方がないのだろうとハインツは苦笑し、覗き窓を開けたらしい従業員とやりあっている男をじっと眺める。
何やら二人分程の荷物を背負っているが、あの黄金弓は見間違えようもない。
「どうやら例の黄金弓の彼のようですね。盛んに私の名前を出しているようですが、ふむ」
ハインツの返答にエリーゼは起きたてで上手く働かない頭を必死で動かそうとしながら「黄金弓の彼」のことを思い出す。
「……ああ、覚えてますわ。気が変わったにしても、こんな時間に来るのは非常識ですわね」
「そんな様子でもなさそうですが。賭場で負けて身包みを剥がれたという風にも見えませんし、さて」
ハインツが窓の外を見ていると、どうやら話がついたのか窓の外の「彼」……要は黙り込み、しばらくして部屋の扉が遠慮がちに叩かれる。
ハインツは扉に近寄ると、内側から開けるようになっている覗き窓の留め金を外して開ける。
すると覗き窓が開いたことに気付いたドアの外の従業員から、やはり遠慮がちな声が聞こえてくる。
「あ、お、お客様。申し訳ありません……妙な男が、お客様に用があるから通せと言っておりまして」
「外にいる彼ですね。通して構いませんよ」
「え、しかし」
「レイシェルト商会のハインツ宛と言っているのでしょう? ならば確かに約束しています」
「は、はあ」
微妙に納得がいかない声色で返事をしながらも、従業員は立ち去っていき……ハインツは「さて」と呟きエリーゼへと振り向く。
「どうされます、お嬢様。彼のあの様子だとすぐに此処へ来るでしょうが。せめてお召し物だけでも換えますか?」
「むうー……」
まだ眠いらしいエリーゼはぼんやりとした口調でそう呟くと「別に構いませんわ」と答える。
「寝る時に寝巻きを着ているのは自然ですもの。私は眠いんですの……貴方が対応なさい」
「仰せのままに」
そう答えるハインツは執事服の格好で、要を迎える準備は万全といった様子である。
そうしてハインツの予想通り、階段をバタバタと駆け上がってくる音と……それを追いかけているらしい足音が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと! 夜なんですからもう少し静かに……」
「そんな場合じゃない!」
近づいてくる足音にハインツは含み笑いをしながらドアを開け、廊下へと出て一礼する。
「どんな場合であろうと礼儀は心得るべきかと存じますよ、カナメ様。目的があるのならば、尚更です」
そう言って優雅な一礼をするハインツに要は小さく唸った後、同様に頭を下げる。
「……悪い。慌ててた」
「いえいえ……ところで、貴方はもうよろしいですよ?」
「え? あ、はい!」
パタパタと階下へ消えていく従業員を見送ると、ハインツは要へと人当たりの良い笑みを浮かべる。
「……さて、それでカナメ様。もしや気が変わられたので?」
「いや、そういうわけじゃない」
ハッキリと答える要にハインツは「おや」と表面上だけは意外そうな顔をしてみせる。
そうだろうと思ってはいたが、だから何の用件かとなるとハインツには予想がつかない。
「それでは、まさか急に私達の商品がご入用に?」
「……そういうわけでもない」
「おやおや」
やや大袈裟にハインツは肩をすくめ、溜息などをついてみせる。
「では、何の御用でしょうか? 申し訳ありませんが、世間話を楽しむ間柄でもなかったように記憶しておりますが」
「それ、は」
「いい加減になさい、ハイン」
言いよどむ要が再度口を開くその前に、エリーゼがハインツを手で押しながら部屋から出てくる。
「あまり人を苛めるものではなくてよ。えーと……そこの貴方。結局ご用件はなんですの?」
「カナメ様です、エリーゼ様」
「そう、カナメ様でしたわね。ええ、勿論覚えてましてよ?」
口元に手を当てて微笑むエリーゼをじっと見つめると……要は、これでもかというほどに深く頭を下げる。
そんな要を見てエリーゼはきょとんとした顔をするが……要としては他に誠意を示す術を知らない。
この二人に頼るのが正解なのかも分からないが、要にはもうこれしか思いつかない。
「……助けてほしい」
だから、要はそう呟いて……更に深く、頭を下げた。
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