予兆
「おまたせーっ、カナメ!」
湯上りほかほかで上機嫌なアリサは、ぐったりと柱に背中を預けて座っている要を見つけて首を傾げる。
「……どしたの? そんなに待たせちゃった?」
「ん、いや。なんか変な2人組に絡まれてさ」
「変なって……どんな?」
「自称・旅の宝石商」
要の端的な説明にアリサは少し考えた後に「で、何買わされそうになったの?」と聞いてくる。
要が無一文だと知っているし、弓は持っているので然程心配はいらないかと考えているが故の気楽な問いだが、要としてはもうちょっと心配してほしいなあ……などと考えていたりする。
「なんか弓売ってくれないかって言ってた。宝石商なのにな」
「ん? それの何処が変なの?」
「え?」
アリサの反応に要は驚いたように声をあげ……そんな要を見てアリサは「あー」と呟く。
「そっか。その辺の常識もカナメは無いんだったか」
「え? え? どういうことだ?」
「んー……とね。宝石商の扱う商品ってね、高価な品全般なの。言うなれば金銀で飾った宝剣とか、場合によっては魔法の品も扱うの」
そんな宝石商からしてみれば、カナメの弓はさぞストライクだっただろう。
そっち方面での警戒を忘れていたな……と反省していたアリサは、要が難しい顔で顎に手を当て悩むようなポーズをしていることに気付く。
「そういうことだったのか? いや、でも……」
どうやら何かが引っかかっているらしい要に「どうした」とは聞かず、アリサは黙ってそんな要の横にしゃがむ。
こういう時は下手に誘導せず、本人の思考のままに喋らせるのが一番いい。
そう考えているが故にアリサは静かに要の横顔を見守り……その期待通りに要は「あ、そうか」と呟く。
「あいつ等、「魔法の正体が分からない」のに「王国の何処よりも高く買う」って言ってたんだ」
「ふうん?」
王国の何処よりも高く買う……というのは、それ単体ではおかしい台詞ではない。
買取を行う商人の定番のような台詞であり、実際どうであるかはさておいて皆が「うちが一番高く買っている」と言うものだ。
故に彼等がそう言ったからとて、それは別におかしいことではないとアリサは説明する。
だが、それでも要には疑問が残る。
宝石商は「かかっている魔法の正体が分からない」とも言っていた。
つまり、高額どころかスカかもしれない宝くじのようなものに「何処よりも高値」……荷物袋いっぱいの金貨を払うと彼等は言っていたのだ。
確実に元がとれるか分からないものに、そこまで断言できるものだろうか?
「うーん、確かに怪しいけど……有り得ないとは言い切れないかな。その宝石商は実際にはカナメの弓にかかった魔法を理解した上で相場よりも安値で買うために分からないと誤魔化したのかもしれないし、誰も見たことのない魔法ならばどんなものよりも高く売れると見越したのかもしれない」
「うっ」
アリサに反論されて、要は返答に詰まる。
確かに言われてみるとその通りだ。
彼等が怪しいというのも、そもそもの話でいえば要の印象であり……アリサが見ればどう判断したかは分からない。
「……でもまあ、私はその宝石商とやらは見てないから何とも言えないけどね。何処の商会とか言ってた?」
「レイシェルト商会」
「知らないなあ……たぶん、あんまり大きい商会じゃないか……遠い場所の商会の行商かもね」
没落貴族とか言っていたから、前者の方かもしれないと要は思う。
何はともあれ要に弓を売る気がない以上、もう会う事もないだろう。
彼等とて、あれだけ「売る気はない」と言われて固執するほど暇でもないはずだ。
「ま、そうだな。で、神殿行くんだっけ?」
「うーん。そのつもりだったけど……お風呂入ったら面倒になってきちゃった。また明日にしてさ、今日は適当に屋台で何か買って宿に帰ろうよ。ダメ?」
「え? いや、アリサがいいならいいと思う」
照れたように笑うアリサに、要もそう答えて頬を搔く。
実際、要としても神殿とかいう疲れそうな場所にあまり行きたくはない。
そんなことをするよりは異世界の食を楽しんだ方が、先程の疲れもいくらかとれるというものだ。
「おっし、じゃあ決まりっ! 行こうかカナメ!」
立ち上がったアリサに手を引っ張られるようにして要も立ち上がり、香ってくる石鹸の微かな香りを感じて頬が緩む。
いい匂いだな……などと思ったのも束の間、そう思ったと気付かれるかもと要は慌てて「ど、どんなものがあるか楽しみだなっ」などと適当な台詞で誤魔化す。
「あはは、どうせたいした物はないよ。大体は焼き物だろうし……あ、食堂入ってもいいなあ。冒険者でも入れてくれる店があればいいけど」
「どんだけ嫌われてるんだよ、冒険者……」
アリサに手を引かれるまま要は歩き出し……しかし、遠くから聞こえてきたざわめきと蹄の音に二人の足は自然と止まる。
「どけどけどけーっ!」
立派な装飾をつけた馬に乗った金属の全身鎧……まあ、言葉で表現するなら騎士風の男が馬を走らせて共同浴場の前を通り過ぎていく。
通行人を蹴散らしそうな勢いで駆けていった馬を見送った通行人達は一様に小声で文句を呟くが、それだけだ。
ありがちな罵声も何もなく、しかしマナーがいいというだけではなさそうだった。
「なあアリサ、今のって……」
「騎士だね」
「ああ、やっぱりそうなのか」
だから、小声で文句を言っても罵声は上がらなかったのだろう。
今のは例えるならサイレンを鳴らした緊急車両のようなもので、それに一々罵声を投げかける者などいるはずもない。
「ま、私達には関係無い事だよ。行こ、カナメ」
再度手を引っ張るアリサに連れられるまま、要は歩いていく。
ちなみに露店で買った何の肉かも分からない串焼きはそれなりに美味しくて。
食べ終わる頃には、要は騎士のことなどすっかり頭から消えてしまっていた。
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