奇妙な商談

「え、やだ」


 即座に要がそう返すと、二人の間に無言の空間が生まれる。

 要としては当然の反応なのだが、少女としては意外な反応だったのだろうか。

 しかし要としては幾ら積まれようと売る気がないのだから当然ではある。


「ちょ、ちょっと。もう少し条件を聞いてからでも遅くないのではなくて?」

「いや、まず売る気がないから。悪いんだけど、他をあたってくれないかな」

「う、ぬ……ですが、これを見ても同じ事が言えるかしら」


 少女がパチンと指を鳴らすと、何処から出てきたのか背の高いオールバックの男が大きな荷物袋を要の前にズン、という音を立てて置く。

 こちらの男は何やらカッチリとした服を着ているが、やはり冒険者向きであるようには見えない。

 どちらかというと執事とか、そういう風な格好に似ているな……などと要が考えていると、その執事男は要に荷物袋の口を向けて紐を解いてみせる。


「うわ……」

「どうです、これを見ても「売る気がない」と言えまして?」


 荷物袋の中に詰まっていたのは、キラキラと光る金貨。

 といっても要は本物の金貨など知らないので「恐らく」がつくが、とにかく金貨である。

 荷物袋一杯となると相当な金額なのだろうが、やはり要の答えは同じである。


「凄いのは分かるけど、やっぱり売らないし……変な奴に目をつけられる前に仕舞った方がいいんじゃないか?」

「む……っ」

「エリーゼ様、彼は金銭感覚自体が少々普通と違うように感じます。恐らく、これ以上の交渉は無意味かと」


 普通と違うというよりは金銭の価値がいまいち分からないだけなのだが、要はポーカーフェイスでごまかそうと自分なりの「変わらぬ表情」をしてみる。

 執事男はそんな要の顔をじっと見ていたが、特に何も言わずに袋の口をしっかりと閉める。


「……まあ、仕方ありませんわね。それの価値が分かっていないというわけではないようですし」

「分かるのか?」


 古道具屋の店主でも分からないと言っていたものを、この少女は分かるというのだろうか。

 驚いた要の表情の意味をどうとったかは分からないが、少女は自慢げに胸を張ってみせる。


「ええ、分かりますわ。それが良く分からない物であるということが、ハッキリと」

「……それは何も分からないっていうんじゃないのか?」

「なんですって!?」


 一気に不機嫌な表情になった少女を執事男は手を前に出して抑え、少女の代わりとでもいうかのように静かに口を開く。


「何も分からない、という事が重要なのです。私もエリーゼ様も魔法の品というものには少々多く触れてきた経験がございますが……その経験をもってしても、その弓にかかっている魔法の正体が分かりません」

「……それで?」

「貴方様がその弓を手放して金に換える気があるのであれば、我々に譲って頂きたいと。ただそれだけの事でございます。王国の何処よりも高く買うことだけはお約束できます」


 要は一拍おいた後に「売る気はない」ともう一度伝える。

 この弓は簡単に他人に渡していいようなものではない。

 何処の誰とも分からない相手であれば尚更だ。


「そもそもあんた等、誰なんだ?」

「何処にでもいる旅の宝石商ですわ」


 あまりにも胡散臭い自己紹介に要はもう一歩後ろに下がりながら警戒した目を向けるが、そんな雰囲気を察した執事男が咳払いをする。


「こちらの方はエリーゼ・レイシェルト様。いわゆる没落貴族というものでして……ですが、貴族時代の経験を活かし各地を旅しながら宝石商を営んでおります」

「へえ、で。あんたは?」

「見てのとおりの元執事でございます。今はエリーゼ様の供をしております」


 何か言いたげに執事男を睨んでいるエリーゼを見る限り如何にも怪しいのだが、それ以上突っ込む理由も要にはない。


「……だったら、こんな良く分からない弓じゃなくて堅実な宝石を買ったほうがいい。宝石商なんだろ?」

「耳の痛い話です」


 涼しげな顔で微笑む執事男は、ちっとも「耳が痛い」などという顔はしていない。

 さらりと要の嫌味を受け流した執事男は「そういえば」と言って優雅な一礼をしてみせる。


「申し遅れました。私はハインツ。エリーゼ様はハインとお呼びくださいます」

「あー……俺はカナメだ」


 自己紹介の流れに持っていかれてしまい、要は仕方なくそう答える。

 偽名を言ってもよかったのだが、そうする意味も感じられなかった。


「カナメ様、ですか。お連れ様と此処でお待ち合わせなのですね?」

「え?」

「そういったご様子でしたので」


 笑顔で言うハインツの言葉の真意が掴めず、要は警戒を強めながら「だったら何だよ」と返す。

 正直、目の前でむくれている青ツインドリルよりもハインツの方が何を考えているか理解しがたい。


「いえ、よろしかったら今回のぶしつけな商談のお詫びに食事でも奢らせて頂けたらと考えておりまして」

「え……いや、いいよ」

「そう仰らず。商人は評判が第一。我々に名誉挽回の機会を与えてくださらないでしょうか?」

「いいってば」


 再度要がそう拒否すると、ハインツはアッサリと下がって一礼する。


「左様でございますか。ではこれ以上無理は申しません。ですが、もし何かあれば宿屋通りの「黒犬の尻尾亭」までおいでください。レイシェルト商会のハインツ宛で話が通るようにしておきますので」

「あー……うん。何かあったらな」

「はい、それでは」


 そう言ってエリーゼの背中を押すように去っていくハインツを見送り……要は疲れたように大きく息を吐く。


「……遅いなあ、アリサ」


 まだほとんど時間はたっていないが、要はもう2、3時間待ったかのような疲労感でいっぱいであった。

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