ナンパ
見よう見まねでお風呂タイムも終わり、要は心なしかぐったりした顔で共同浴場の入り口まで戻っていく。
アリサが待ってくれているという事は、次は要が待つ番だ。
早く行かねばと少し足を速めると……入り口で暇そうにしていたアリサが二人組の男に絡まれているのが見えた。
二人はアリサと同じ冒険者なのか、ピカピカの金属製の胸部鎧と鮮やかな明るい色の服を纏っている。
腰に下げた凝ったデザインの柄の細剣を揺らしながら盛んにアリサにアピールする二人に、アリサも笑顔で応じていて……その姿に、要は知らずのうちに不機嫌さが増していくのが分かる。
ひょっとしたら知り合いなのかもしれないが……意味も無く気に入らなかったのだ。
だから、要は可能な限り自然な笑顔で叫ぶ。
「おーい、おまたせ!」
「あ、カナメ!」
そうするとアリサは今までに見たこともないような笑顔で要へと振り向き、二人組の男をするりと抜けて走り寄って来る。
「もう、おっそーい! 待ったんだからねっ」
「えっ」
そのまま要の首に手を回して抱きついてくるアリサに要は思考停止しかけ……次の瞬間に放たれたアリサの「あー……めんどくさかった。ねえ、もうあいつ等行った?」という小さな囁きに即座に思考を揺り戻される。
いわゆる「ナンパ避け」に要を利用しているのだという事実に気付いてしまったのだ。
実際、アリサ越しに見える向こう側で、先程の男達が何度か振り返りながらも何処かに歩き去っていくのが見えている。
「えーと、こっち振り返りながら向こう行ってる最中」
「ん、ならいいか」
そう言うとアリサはパッと離れて、「ごめんごめん。面倒なナンパに巻き込まれてさあ!」と笑う。
「はい、カナメの弓と荷物。あと小銭入れ返して?」
「あ、ああ。さっきの、同業者だろ? ナンパなんかするもんなんだな」
むしろ同業者だからだろうか……などと要が考えていると、アリサは微妙な顔で手をパタパタと横に振る。
「違う違う。あれは同業者じゃないよ。冒険者風ファッションってやつ。アウトローぶってんの」
「冒険者風ファッション……って。街の人ってことか?」
「そゆこと。あからさまな格好だったでしょ?」
言われて、要は彼等の格好を振り返ってみる。
金属製の胸部鎧はピカピカで、鮮やかな服は薄手だったような気がする。
複雑なデザインの細剣は使いにくそうだし……攻撃力としてはどうなのだろうか?
「……言われてみると、アリサとは全然違うな」
「別に私を基準にする必要は無いけど、そういうこと。私も中古とはいえ鎧新しくしたから、仲間と思われたのかもね」
「なら、適当にあしらっちゃえばよかったのに」
要がそう言うと、アリサは「あー、ダメダメ」と面倒くさそうに手を振る。
「ああいうのはね、うまーくやらないと後々面倒事引き起こすの。ひどい例だと冒険者に暴力振るわれたー、とかいって自警団連れてきた例もあるから」
「うげっ」
「面倒でしょ?」
肩をすくめるアリサに要は頷くしかない。
そういう連中に絡まれたくは無いものだが、絡まれた場合にカッコよく切り抜ける……というわけにもいかないようだ。
「ま、それはさておき。私もお風呂行ってくるから。ここで待っててね?」
「え? あ、ああ」
要の首から小銭入れをとって自分の首に下げると、アリサは鼻歌を歌いながら共同浴場の中へと入っていく。
その姿を見送って、要は空を見上げて小さく溜息をつく。
格好だけは冒険者になったが、この世界の事を要はほとんど知らないままだ。
この黄金の弓だって「使い方」は手に入れた時に頭に流れ込んできたが、それだけだ。
実際にどれがどんな威力でどういう風になるかは、使ってみないと分かりはしない。
まさかナイフを振るうのと同じ気分でドラゴンを吹っ飛ばしたような一撃が出てしまっては、洒落にならないどころの話ではない。
そして、そうならないなどという保証は何処にもないのだ。
「こんなんで上手くやっていけるかなあ……」
そう呟いて目線を下げると……そこに自分をじっと見つめる顔があって、要は「うおっ」と叫んで後ずさる。
「な、ななな……なんだよ!?」
二歩ほど下がって見た「誰か」は、当然ではあるが見知らぬ少女であった。
気の強そうな吊り目は青く、全体的にキツそうな顔立ち。
服は白くフリルまでついており、ふわりとしたスカートはどう考えても冒険には向いていないように見える。
胸部を覆う金属鎧は薔薇のような模様があしらわれており、肩鎧についた大きな宝石のようなものがキラリと輝く。
履いているブーツまでもが白く、腰にあるのは黄金の柄が眩い長剣。
トドメに青い髪は両側で見事な縦ロールになっている。
……となると、さっきも話をしていた「冒険者ファッション」だろうと要は予想をつける。
なんとか面倒事にならないようにお引取り願いたいと考えていると、要をじっと見ていた少女は「うーん……」と呟いた後に前かがみ気味になっていた姿勢を直立の姿勢に戻し、人差し指を顎にあてる。
「あまりベテランには見えませんが……かといって何処かの貴族の子息にも見えませんわね。全体的に……いえ、失礼」
何を言おうとしたのかは知らないが、きっと失礼な事を言いかけたのだろう。
その時点で要の少女への好感度は急降下だが、少女は全く気にした様子もなく笑顔を浮かべてみせる。
「……ねえ、貴方。ものは相談なのですけれど。その弓、売ってくださらないかしら?」
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