お風呂に入ろう
アリサに見送られて、要は共同浴場の中に入っていく。
とりあえず他の男連中についていけば間違いないだろうという消極的戦法によって「間違えて女性用に入る」といったお約束を回避しつつ、要はカウンターらしき場所にたどり着く。
「えーと、入りたいんだけど」
「銅貨3枚です。石鹸と洗い布を購入されるなら銀貨2枚追加になります」
確か石鹸はさっき買っていなかったはずだと思いながら要は首から提げた革袋の中身を覗き、充分あることを確認して銀色の硬貨を2枚と銅色の硬貨3枚を掴みだしカウンターに置く。
「はい、全て王国貨でのお支払いですね。では石鹸と洗い布はこちらになります。身体拭きは貸し出しになりますのが、ご利用の際には銅貨1枚を追加で……」
最初から言えと思いながら要は銅貨1枚をカウンターに置き、渡されたものを受け取る。
石鹸はどうやら革袋に入ったものがソレのようだが、洗い布と身体拭きはタオルというよりは本当に「布」である。
こんなところで異世界を感じずともいいのにな……などと思いながら要は奥へと進もうとして……そこでカウンターの女に「あっ」と声をかけられる。
「あー……何か足りないものが?」
「いえ。ごゆっくりどうぞ」
「どうも」
それは呼び止めることだったのだろうか。それとも義務付けされているのだろうか。
どうでもいい疑問を抱きながら要は奥へと進み……明らかに客ではなく店員らしき少年達が大勢いる部屋に辿り着く。
脱いでいる客らしき男がいるところを見ると、此処が脱衣場で間違いないのだろうが、カゴもなければ棚も無い。
どうしたものかと考えていると、先程の男に少年の1人が近づき服を受け取っているのが見える。
同時に銅貨らしきものを何枚か渡したところを見ると、チップか預かり料か……まあ、そんなところなのだろう。
ならばと要も適当な壁際に行って服を脱ごうとするのだが……背中に感じる視線がどうにもむず痒い。
チップの為なのかどうかは分からないが、牽制しあっている気配すら感じるのだ。
見ているのが少年達だからまだ我慢できたが、これが大人の男達であったならば要が全力で逃亡していたのは間違いない。
なんとか服を脱いで洗い布を腰に巻くと、狙っていたかのように一人の少年がすっと右横に現れる。
「お客様、僕が服と拭き布をお預かり致します」
「え、あ、ああ。助かるよ。これでいいのかな」
言いながら要が革袋から銅貨を五枚ほど取り出し渡すと、少年はニコリと笑って「ごゆっくりどうぞ。お客様がお出になるまで僕が責任を持ってお預かり致します」と返す。
正解であったらしいことに安堵して要は更に奥へ進もうとして……そこで、少年に「少しよろしいですか」と声をかけられる。
「え? ああ」
「お耳を拝借」
要が膝をついて中腰になると、少年は要の耳にこっそりと囁きかけるように「もしかして、お貴族様か名のある商人様ですか?」などと疑問をぶつけてくる。
当然要の答えは「普通の庶民だよ」となるわけだが、少年は訳知り顔で「そうですか」と頷くだけだ。
「話っていうのは今のか?」
「いえ。ですが、そう思わせる立ち居振る舞いでしたので。こういう場では獲物を見極めようとする不届き者も居たりしますので、お帰りになる時にもお気をつけて」
……なるほど、共同浴場が誰でも利用できる場であるならば、そうした富裕層が来ることもあるのだろう。
そうした者を狙い帰り道などで襲う輩がいる……ということを忠告してくれたというわけだ。
「……ありがとう、感謝するよ」
「いえいえ。それより、お客様が僕に渡し忘れたものなどあれば今のうちに」
遠回しなチップの追加要請だと気付いた要が銅貨を更に2枚渡すと、少年は大げさに「ありがとうございます、お客様」と驚いてみせる。
あくまで自分で要求したわけではないというアピールなのだろう。
ちょっと羨ましそうな他の少年達の顔を見る限り、どうやら要が貴族や商人のような「裕福な人間」だと思われていたのは本当らしい。
実際には裕福どころか、この小さな財布自体がアリサに渡されたものなのだが……そんな事を一々説明する気も起きない。
「たくましいもんだな」
苦笑しながら要は脱衣場を出て、風呂のある部屋へと進んでいく。
まだ夕方にもなっていないせいか人は多いというわけでもなく、広々とした風呂は数人の客が入っているだけだった。
洗い場らしき場所はあるにはあるが、シャワーがあるわけでもないので当然使い方は分からない。
洗い布と石鹸があるからには何処かにそれ用の水場があるはずだが、どれがどうなのかは初見の要には分からない。
とはいえ、その辺の客に聞けば「どんな世間知らずか」と注目されるのは間違いないし、それは避けたいところだ。
まさか身体を洗わずに風呂に入るわけにもいかないので、見たくはないが他の客が身体を洗うところを見るしかない。
「……最初に入り方聞いとくんだったかな」
まさかノーマナー行為をするわけにもいかず、要はそう呟いて遠い目をするのだった。
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