水袋の話

「結構似合ってるじゃない」

「そう、かなあ」


 厚手の布の服を着た要をアリサは肘でつつき「そうよ」と言って笑う。


「ま、ほんとはカナメの分の革鎧も買っておきたかったんだけど」


 しかしながら要のサイズに合う「弓士用」の革鎧の在庫が無く、諦めざるを得なかったのだ。

 この辺りは、そもそも冒険者に弓士が少ないという事情も関係していたりする。

 同じ遠距離攻撃なら魔法の方がいいとか弓士は矢が切れたら終わりだとか……まあ色々理由はあるが、纏めるなら「狩りならともかく冒険にはちょっと」というわけである。

 その為か、元々の数があまり出ているわけでもなく防具屋でも取り扱っていないだろう……というのが店主の話であった。


「そういえばアリサ。さっきの水袋の話なんだけど」

「ん? ああ、うん。旅人の常識だからあの場では止めたんだけど」


 水袋とはつまり、旅人が自分が使う用の水を入れておく袋のことである。

 用途としては飲用、傷口洗浄用……色々あるが、共通して求められているのは「安全な水」であるということだ。

 汚れている水や何か問題のある水を使うわけにいかない状況で、周りにそういう水しかない場合、水袋の中の水はまさに生命線となるわけだが……だからといって巨大な水袋を背負うわけにいかないし、水袋の中の水とて時間がたてば劣化する。

 つまり「安定して安全な水が手に入る」状況は、旅人にとって是非欲しいものなわけである。

 そこで必須となるものが「浄化」の魔法のかかった水袋である。

 清浄の魔法よりも高度な浄化の魔法だが、これのかかった水袋は中の水を綺麗にしてくれるのである。

 ちなみに人体にかければ簡単な解毒の効果や身体の汚れを消す効果もあるという便利魔法だ。


「アリサはそれ、使えないのか?」

「私が神官なら使えたんだけどねえ」


 実はこの浄化の魔法だが、神に仕える神官とその所属する神殿が秘匿する魔法だったりする。

 そして神殿のバックにあるのは各神を信仰する神官が集まって作った「聖国」である。

 領土的野心を持たず神を信仰する事を是とする聖国だが、様々な生活に根付いた信仰を統括しているというのは政治的に見れば非常に大きい。

 各国にある神殿と所属する神官は一応その国の所属であるし、聖国とは宗教的な繋がり以外は何の関係もないのだが、大抵の神官や神殿は何かあればその宗教的繋がりを頼りに聖国を頼る。

 故にどの貴族も聖国を敵に回したがらないし、神殿や神官はそれ故に「もう一つの貴族」などと陰口を叩かれる事もある。

 実際、悪徳神官もいたりするからたちが悪いのだが……それはさておき。


「まあ、そんなわけで水袋と……旅用のマントもそこで手に入れた方がいいかな?」

「水袋は理解したけど、なんでマントまで?」


 スタスタと先を歩いていくアリサに負けないように要も早足で歩き、アリサもまた速度を緩めたりはしない。

 

「うーん。一言でいえば、そうすると安い。たとえば要に貸してた緑のやつだけど」


 今はアリサが着ているそれを手の平で叩いて「これはね」とアリサは説明する。


「レクスオール神殿で買えるやつなわけ」

「えっ」


 思わず要は足を止めるが、それに気付いたのかアリサも足を止めて振り返る。

 レクスオール。再び出てきたその言葉に要は知らずのうちに自分の弓に触れるが、アリサはそんな要の側に静かに近寄ってくる。


「寄進した結果授かるもの……っていうのが一応一般的な言い方だけどね。ちなみに水袋も同じだから、くれぐれも神殿で「水袋売ってください」とか言ったらダメだよ」


 まあ、万が一言っても「売り物ではございませんがお分けしております。ただ、作るのにも色々とかかります故に何方にでもというわけには……」などと遠回しに「欲しけりゃ金を出せ」と要求してくれるので安心ではある。


 ちなみに各神殿によって色が異なり、レクスオール神殿の場合は緑色というわけだ。


「勿論普通に道具屋でも売ってるけど、清浄の魔法のかかった物なら神殿で「授かる」物のほうが安いからね。まあ、色は選べないけど」


 どうしても選びたければ、その色を扱っている神殿に行けばいい。

 ともかく、そういう理由で冒険者の場合は神殿に行って寄進し授かる者の方が圧倒的に多いわけだ。


「私のコレがレクスオール神殿のモノなのは偶然だけど、要はどう考えてもレクスオール神殿のがいいものね」

「ん、まあ……でも、俺が行ってもいいのかな?」


 レクスオールの弓のようなものを持ち込んで不敬と怒られやしないだろうかと要が考えていると、アリサは「大丈夫でしょ」と返す。


「昨日も言ったけど、そうだとされてるものと全然違うから。目立ちたがり屋だな、くらいにしか思われないんじゃない?」

「それも嫌だな……」


 そう呟いた後、要はハッとしたようにアリサに「あ、ごめん」と謝る。


「足止めちゃったな。行こう」

「いや、着いてるから大丈夫だよ?」

「え?」

「神殿行く前に、お風呂入らないと。汚いでしょ?」


 そう言うと、アリサは要にヒモのついた小さい革袋を手渡す。


「じゃ、先に入ってきていいよ。弓と荷物袋は私がその間預かるから。カナメが出てきたら交代ね」


 言われて、要は自分の左にある建物に視線を向ける。

 何やら巨大な石造りの建物……てっきり神殿かと思っていたが、どうやらコレが共同浴場であるらしかった。

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