買い物しよう

 さて、金のトサカ亭を出ると元気に呼び込みの声が響く門の近く……宿屋通りと言える場所に出るわけだが、呼び込みは要達に一切の興味を示してこない。

 それが要には少し不思議であったのだが……「ほら、大荷物持ってないしね。何処かに決めた後だって丸わかりでしょ?」というアリサの言葉に納得してしまう。

 客にならない奴を相手にしても時間の無駄なのだから、それは当然だ。

 呼び込みで五月蝿い宿屋通りを抜けると、そこからは住宅らしき家々の間にぽつぽつと店舗らしきものがある場所に出る。

 行き交う人々もお洒落な格好をした者達と明らかに一般人ではない格好をした者達の二つに分かれている。

 互いに互いが見えないかのように会話を楽しむ姿は少しばかり異様だが、恐らくは町の人間と冒険者の仲はさほどでもないのだろうな……と要は予想する。

 まあ、あそこまで空気が違えば仕方ないものもあるのだろうが、少しばかり幻想を砕かれたような気分になるのも確かだ。


「えーと……ああ、あった。あそこだね」


 アリサはアリサで、そんな空気など全く気にしないかのように要の手を引いて進み、一つの店の前に歩いていく。

 大きな木の看板には日本語ではない文字で何かが書かれていたが、当然要に読めるはずも無い。


「ここが服屋?」

「あ、ひょっとして読めない?」

「あ、ああ」


 言葉は通じるのに文字が読めないというのも不思議なものだが、そもそも言葉が通じているというのも考えてみれば不思議な事だ。

 これも何らかの魔法的なものかもしれないな……などと要が考えていると、アリサは看板に描かれている「円に刺さった十字」のようなマークを指差してみせる。


「だったら、とりあえずマークで覚えればいいよ。このマークが古道具屋」

「え、だって服……」

「大丈夫だよ、流石に下着は新品の買うから。でも服なら清浄の魔法かかってるの買うから、中古でも綺麗だよ?」

「サイズとか」

「色々あるから。ほら、入るよ?」


 ずるずると引きずられるように入っていくと、そこは雑然と……しかし整理整頓された美しさを持つ店内であった。

 棚に飾られているのは恐らくは中古の剣や槍、盾。

 木箱の中に畳まれて入っているのは服なのだろう。

 鎧らしきものも飾られていて、ガラスケースのようなものの中にはペンダントや指輪らしきものが並べられている。

 椅子に座っていた大男の店主は入ってきた要達を見て、ぼうっとしていた顔を営業スマイルに変える。

 

「お、いらっしゃい。アーミット古道具店へようこそ。今日は新しい鎧かい?」


 ぼろぼろのアリサの革鎧を見て言う店主にアリサは「それもあるけど」と返す。


「こっちの彼の服も欲しくて。色々あって彼、ほとんど何も持ってないから一式欲しいの」

「あー……そりゃ災難だったな。安くしとくよ。そういう奴の為に新品の下着類も常備してるぜ?」

「あはは、ありがと。彼センスゼロだから適当に見繕ってよ」


 言われたい放題だし恐らく誤解されているというかアリサが誤解させているが、それも戦術というものなのだろうと要は曖昧な笑みを浮かべる。

 そんな要を見て、店主は「ふーむ」と唸り、木箱の中から幾つかの服を持ってきて木の机に並べてみせる。


「男用で、冒険者。となると厚手の布の旅人服。そんなごっつい弓持ってるってこたあ弓士だから矢筒もいるわな。えーと、ベルトはナイフ吊るせりゃいいだろうから安めのにして。おい、荷物袋はどうするんだい?」

「え?」

「え、じゃねえよ兄ちゃん。自分の財産預けるものだろうがよ」


 戸惑う要にアリサは「あー」と割って入る。


「普通のでいいよ。彼、こだわりないし」

「そうかい? 下着は3セットでいいよな?」

「そうね。あ、私の分も同じだけちょーだい」

「おう。あ、水袋は流石にここじゃ扱ってねえぜ」


 水袋というと言葉通り水を入れる袋だろうが……何故無いのだろうかと要は疑問に思い、しかしアリサに睨まれて口に出すのをやめる。


「そうそう、服は当然清浄の魔法かかってるのよね?」

「あったりめえだろ。清浄の魔法のかかってない古服なんざ火種にもならねえや」

「そりゃそうね。あははっ」


 アリサは言いながら飾ってあった革鎧を確かめながら「ふむう」と唸る。

 要も何か店主に聞かれても分からないのでそっちに移動し革鎧を眺めてみる。

 ……まあ、今までの人生で革鎧を選ぶ機会など無かったので良し悪しは当然のように分からない。


「そういえば、そっちの兄ちゃんも革鎧くらいつけたほうがいいんじゃねえか?」

「え、うーん」


 言いながら、要は隣に飾ってある金属鎧に視線を向ける。

 ファンタジーな鎧といえばこれだと言わんばかりの重厚な輝きに目を奪われかけるが、隣のアリサにこつんと頭を小突かれる。


「普通の金属鎧なんて重いだけだよ?」

「そりゃそうだろうけど……ロマンがあるじゃないか」

「ロマンで冒険するのは新人だけだってば」


 アリサと要の会話に店主もうんうんと頷きながら、要の見ていた金属鎧を拳でカンと叩く。

 いわゆる全身鎧というやつだが、頼もしい輝きはやはり格好いい。


「まあ、お嬢ちゃんの言うとおりなんだがな。金属鎧は格好いいし防御力を考えれば安心感もある。が、致命的に重い。おまけに気温の変化に弱いし全身鎧は匂いもこもるから臭ぇ。こいつに清浄の魔法がかかってなきゃ、買取拒否してたとこだ」

「だろうね。そんなことよりおじさん、この革鎧って清浄以外に何か魔法かかってない?」

「お、目が高いな。実はそいつには弱いが硬化の魔法がかかっててだな……」


 なにやら交渉を始めてしまったアリサ達の話についていけず、要は他の商品でも見ていようと身を翻し……すると、店主がくるりと振り向く。


「魔法っていや、兄ちゃんの持ってる弓も魔法の品だよな。何の魔法がかかってんのかはイマイチ分からねえけどよ」

「え、おじさんにも分からないの?」


 古道具屋の主人はその業務上魔法の品の詳細を見抜く能力に長けている事が多く、しかしその主人にも分からないという言葉を聞いてアリサは意外そうな顔をする。


「ひょっとすると何か貴重な魔法がかかってるのかもしれねえな。流石に見たことのない魔法までは分からねえしよ。ダンジョンで拾ったんか?」

「秘密。それよりおじさん、この革鎧だけど銀貨50で売る気ない?」

「おいおい、冗談だろ。せめて単位を金貨まであげろよ」


 サラリと話題を変えたアリサと店主は交渉を始め……要は「やっぱり金属鎧はロマンだよなあ……」と、そんな事を考えながら並ぶ金属鎧を眺めていた。

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